2.11 糖尿病

<糖尿病>

糖尿病とは、病的に高い血糖値が維持されインスリンによる血糖値の調節が損なわれている状態を指す。糖尿病のうち、I型糖尿病は膵β細胞が破壊され、インスリンの分泌が損なわれる事により起こる。II型糖尿病の発症においてはインスリン抵抗性が重要な要因である。肥満などによってインスリン抵抗性が生じると、それを補うようにβ細胞はインスリンをより多く分泌するようになるが、これが破綻するとII型糖尿病となる。II型糖尿病でも、多くの場合β細胞の異常が先立っている可能性も示唆されている。またII型糖尿病において、β細胞の量自体が減っている事が報告されている。

<インスリンの作用>

インスリンは血糖値を低下させる唯一のホルモンであり、肝臓における糖新生の抑制、骨格筋における糖の取り込みとタンパク質合成の促進、脂肪組織における糖の取り込みと脂肪合成の促進及び脂肪の分解の抑制などに作用する。II型糖尿病においては、インスリンは肝臓における脂肪の合成を促進できても、IISが抑制されるために、糖新生の抑制やグリコーゲンの合成といった応答が損なわれている。

インスリンレセプターにインスリンが結合すると、インスリンレセプターによりIRS-1、2、Shc、c-Cblがリン酸化され、多くのシグナル伝達が刺激される。肝臓では主にIRS-2、骨格筋や脂肪組織では主にIRS-1のリン酸化を通じて同化を促進する。PI3K/AktはIRSの重要なターゲットの一つである。Akt/PKBの活性化には、PIP3との結合との他、ユビキチン化修飾が必要で、IGF-1による刺激に際してはTRAF6が、EGFによる刺激に際してはSkp2-SCFがユビキチン化修飾を行う(Chan et al, 2012 #507)。Akt1~3が存在しており、Akt1はユビキタスに発現している。Akt2も同様であるが、これは特にインスリン感受性の高い組織で強く発現している。Akt3は脳や精巣で特異的に発現している。Akt1欠損マウスは体が小さく、Akt3欠損マウスは脳が小さい。両方を欠損すると胎生致死となる。Aktによるリン酸化修飾はTSC1/2、p21、p27、Bad、Bax、Bim、Chk1、Ask1、Mdm2、GSK3、Wee1、Myt1などの機能を抑制し、Raf1、XIAP、CREB、PRAS40、IKK、GLUT4、eNOSなどの機能を促進させる。

Aktは肝臓においてはGSK3βの不活性化を通じてグリコーゲンの合成を促進したり、FoxOの抑制を通じて糖新生を抑制したり、あるいはSREBP1cの活性化を通じて脂肪の合成を促進したりする。骨格筋においてはAS160の活性化を通じたGLUT4の細胞膜上への移行などに作用する。骨格筋における主要な糖輸送担体であるGLUT4の細胞膜上への移行は糖の取り込みを促進させる。一方運動や飢餓に際しては、GLUT4の細胞膜上への移行は主にAMPKに依存して起こる。肝臓において、糖新生に関わるPEPCKやG6Paseなどの酵素群は主に転写レベルで調節されている。これらの酵素の多くは、空腹時に分泌されるグルカゴン、カテコールアミン、グルココルチコイドによって発現が促進される。グルカゴンとカテコールアミンはcAMP濃度の上昇を介して転写因子CREBを活性化し、グルココルチコイドは直接核内受容体のグルココルチコイドレセプターを活性化する。一方インスリンはIRS-1、IRS-2やグルカゴン分泌の抑制を通じてこれらの酵素の発現を抑制する。脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンはAMPキナーゼの活性化を介して糖新生酵素の発現を抑制する。II型糖尿病の肝臓においては、インスリン刺激に対して脂肪の合成は正常に促進されるが、細胞内に蓄積された脂肪によりIISが抑制される事によりグリコーゲン合成の促進と糖新生の抑制が正常に起こらなくなっている。

<インスリンの分泌制御>

β細胞のATP感受性K+チャネルは生理的な条件下でインスリン分泌を調節しており、β細胞におけるATP産生の障害はインスリン分泌の障害につながる。ATP感受性K+チャネルはATPが結合すると閉じ、ADPが結合すると開く。このチャネルが閉じると脱分極が生じ電位依存性Ca2+チャネルが開きCa2+が流入する。アセチルコリンやGLP-1(glucagon like peptide 1)もCa2+濃度上昇によるインスリン分泌経路に関わっている。また、血糖値の上昇に伴いTCAサイクルの中間産物が増加し、その一部は細胞質に送り返されてインスリン分泌の促進に寄与する。グルコキナーゼは解糖系の律速段階の酵素でありグルコースセンサーの役割を果たしている。この遺伝子に異常があってもインスリン分泌に障害が起こる。

インスリンは、特に肥満状態下ではβ細胞自身への作用を通じてその数、大きさともに増加させる。β細胞特異的インスリン受容体ノックアウトマウスの解析から、β細胞におけるインスリンシグナルが加齢に伴う膵β細胞の増加に関与している事が示されている。

<インスリン抵抗性>

慢性的な高血糖状態ではROS(活性酸素)が増加し、それによりβ細胞でUCP2の発現が上昇し、ミトコンドリア膜電位の過分極が抑制され、ATPの産生が低下する。β細胞への長期間の脂肪酸暴露はインスリンの基礎分泌量を上昇させるが、一方でグルコース誘導性のインスリン遺伝子の発現を抑制する。遊離脂肪酸によるインスリン分泌障害の程度は膵島中のトリグリセリド蓄積の程度とよく相関する。

インスリンは肝臓内のマロニルCoAを増加させる事でCPT1の機能を阻害し、脂肪酸のミトコンドリアへの輸送を抑制し、トリアシルグリセロールの蓄積を促進する。そこから生じるジアシルグリセロール(DG)やセラミド、及び同化が持続的に促進され続けている状態において生じるERストレスはJNKの活性化を通じてインスリン抵抗性の獲得に関わっていると考えられている。肝臓においてDGはPKCεを活性化させ、活性化されたPKCεはインスリンレセプターを抑制する。

肝臓や骨格筋において、PKCζによるAkt2の抑制はIISにより解除されるが、セラミドはこれを抑制する。肝臓ではAkt2はSREBP1cを活性化させ脂肪の分解を促進させる他、FoxOの抑制を通じて糖新生を抑制している。

マウスの肝臓では高脂肪食によりPKCδの発現が増加する。PKCδの発現の高いC57BL//6JマウスはそれよりもPKCδの発現の低い129S6/Svマウスに比べ糖尿病を発生しやすい。ヒトの肝臓においても、PKCδの発現量は血中のトリグリセリド濃度や空腹時グルコース濃度と相関を示す。マウス肝臓でPKCδを欠損させるとIISが増強され、糖新生や脂質の分解に関わる遺伝子の発現が低下する(Bezy et al., 2011 #32)。

骨格筋におけるDGやセラミドの蓄積とインスリン抵抗性の関係性も調べられている。骨格筋ではDGはPKCθを主に活性化させる。一方セラミドは肝臓の場合と同様Akt2の活性化を抑制する。Akt2は骨格筋ではGSを通じてグリコーゲンの合成を促進させたり、AS160を通じてGLUT4の細胞膜上への移行、およびそれによる糖の取り込みを増加させる。

また骨格筋は慢性的に高レベルの脂肪酸に暴露されると、β酸化がTCAサイクルや電子伝達系とは不釣り合いに活性化される。その結果起こる不完全な脂肪酸のβ酸化によってミトコンドリアから生じるストレスも、骨格筋におけるインスリン抵抗性の発症機序に関わっている事が考えられている。

脂肪組織もアディポサイトカイン(脂肪細胞から分泌される生理活性物質の総称)の分泌を通じてインスリン抵抗性に関与している。GLUT4を脂肪組織特異的に欠損するマウスでは筋肉や肝臓にインスリン抵抗性が生じる。肥満における脂肪組織は慢性の炎症状態にある。脂肪細胞(あるいはマクロファージ)の分泌するMCP1は脂肪組織の炎症を誘導し、アディポネクチンの発現および分泌を低下させ、さらにPPARγやGLUT4などのインスリン感受性や糖代謝に関わる分子の発現も低下させる。肥満個体における脂肪細胞では、糖尿病に抑制的に働くアディポサイトカインの発現は低下し、逆にTNFαやレジスチンなどのインスリン抵抗性を惹起するアディポサイトカインの発現は上昇する。MCP1は肝臓や骨格筋にも作用してインスリン抵抗性を誘導する。

その他の参考文献
Muoio & Newgard, 2008 #33
Samuel & Shulman, 2012 #34


  • 最終更新:2013-02-13 10:27:49

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード