2.4 血管

<血管の構造>

血管の形成は胎生早期の血管芽細胞の集合に始まり、その辺縁部の細胞が内皮細胞に分化して血管が形作られていく。大動脈管壁では、未分化な間葉系細胞が内皮管の周囲に集まり、次第に平滑筋細胞に分化する。分化した平滑筋細胞は細胞外マトリックスを分泌し、中膜や外膜を形成してゆく。内幕は中膜の介在板に接した、結合組織と、それに接する単層の内皮細胞からなる。中膜には平滑筋と細胞外マトリクスが存在し、内膜、外膜とは介在板で区切られている。外膜は血管を支配する神経繊維や栄養血管を含む結合組織からなる。

<動脈の加齢変化>

加齢に伴う血管系の変化は大動脈に最も顕著に現れる。人では大動脈の壁厚は20代からほぼ直線的に増加してゆく。特に内膜の肥厚が著しい。中膜層の平滑筋細胞は減少し、エラスチンやその架橋は減少し、コラーゲンやその架橋は増加していく。弾性板の波状にうねる構造が失われ、壁の進展性が低下していく。平滑筋の減少に伴って石灰化(Ca2+の蓄積)も進む。内膜では血管平滑筋細胞が増加し、これは中膜からの遊走によるものと考えられる。コラーゲンの増加は内膜でも起こる。アテローム性動脈硬化の進行プロセスも内膜を肥厚させる。心血管疾患はこれらの変化を加速させる。

<血管内皮細胞の加齢変化>

加齢に伴い血管内皮細胞ではテロメラーゼの活性が低下し、テロメア長の短縮を伴う細胞老化が認められるようになる(Chang & Harley, 1995 #16; Sherr & DePinho, 2000 #17)。また、プラスミノーゲン活性抑制因子1(PAI-1)の発現が増加し、NOやプロスタグランジンI2など血管拡張性因子の産生が低下する。AGEsの蓄積はNADPHオキシダーゼの活性化などを通じてROSの産生を増加させる。NOの減少はeNOS活性の低下と増加したROSによるNOの破壊による。NOは酸化ストレス下においてSIRT1の発現を増加させ、一方SIRT1は酸化ストレスによる血管内皮細胞の細胞老化の誘導を抑制する事が報告されている。AGEにより早期老化が誘導された血管内皮細胞ではeNOSの発現が増加しているが、ROSの増加により結果的にはNOは減少する。

運動の習慣のない高齢者の上腕動脈内皮細胞が、同じく運動の習慣のない若齢者に対して酸化ストレスやNFkBの活性化を示しているのに対し、運動の習慣のある高齢者ではこのような加齢変化が著しく抑制されており、内皮細胞としての機能もより保たれている(Pierce et al., 2011 #427)。

<血管平滑筋細胞の老化におけるアンギオテンシンIIの役割>

血管平滑筋の加齢変化に大きく関わっていると考えられているアンギオテンシンIIは、その動脈内膜における染色レベルが加齢に伴い増加する事が示されている(Wang et al., 2003 #13)。アンギオテンシンIIシグナリングはコラーゲンの産生やNADPHオキシダーゼの活性を促進させる他、MMP-2の活性化を介し細胞の遊走も促す。培養条件下ではアンギオテンシンIIはp53/p21経路を介して血管平滑筋細胞の細胞老化を誘導し、またこの時NF-kBの活性化と炎症性サイトカインの分泌が促進される。若齢時からアンギオテンシンシグナリングを阻害したラットでは加齢に伴うコラーゲンの増加や内膜および中膜の肥厚を抑制される(Michel et al., 1994 #15; Huang et al., 1998 #14)。ヒト血管平滑筋細胞では加齢に伴うZMPSTE24の発現低下とプレラミンAの発現増加が報告されている。ヒト血管平滑筋細胞では過酸化水素処理によっても、細胞老化と共にZMPSTE24の発現低下およびプレラミンAの発現増加が誘導される(Ragnauth et al., 2010 #461)。血管平滑筋細胞は通常時はほとんど増殖しないが、動脈硬化の進行や、プラークが破裂した部位の修復に際しては増殖が活性化される。

<糖尿病において見られる血管基底膜の変化>

血管内皮細胞の下には30~150 nmの厚さをもつ基底膜が存在する。糖尿病においては腎臓や網膜などの微小血管に基底膜の肥厚を伴う特徴的なミクロアンギオパチー(微小血管病変)が起こり腎病変、視力障害の原因となる。糖尿病の腎症では糸球体基底膜の肥厚とメサンギウム基質の増加が起こり、機能の上では尿タンパク質が陰性の時期から微量のアルブミン尿が見られ、早期から基底膜透過性の変化が起こっていると考えられる。高血糖が血管障害を起こす機構にはAGEが関連している事が考えられ、AGE生成反応を阻害するアミノグアニジンを投与すると糖尿病での基底膜肥厚、タンパク質尿、網膜毛細血管瘤形成などが抑制される。

<アテローム性動脈硬化>

アテローム性動脈硬化では、まず内皮機能の傷害により脂質が内膜に侵入し、特にそこで修飾を受けたLDL(mLDL)は内皮細胞や平滑筋細胞、およびそれらの異常により動員が促進されるマクロファージを刺激し、動脈硬化を進行させる。プロテオグリカンに結合したLDLは容易に酸化される。LDLの酸化には活性化された内皮細胞や平滑筋細胞、マクロファージが関わっている。マクロファージは通常のLDLを取り込む能力は低いが、LDLが酸化されて陰性荷電を増すとスカベンジャー受容体でこれを効率よく取り込む。このような変化は動脈の分岐部や湾曲部などで生じやすく、その原因の一つは血液が血管と平行に流れているとき、層流のずり応力が内皮細胞のNOの産生やSODの発現を促進させている為である。泡沫細胞(脂肪滴が蓄積したマクロファージ)の形成により、まずは脂肪線状と呼ばれる病変が現れる。脂肪線状はそのまま消失していく場合もある。若い時期からほとんどの人の大動脈や冠動脈に脂肪線状が認められる。脂肪線状から動脈硬化性プラークへの成長には、平滑筋細胞の中膜から内膜への遊走と、増殖、細胞外マトリックス産生の増加が関わっている。刺激された内皮細胞や、侵入した血小板が放出するPDGFやヘパリナーゼ、泡沫細胞の産生するTNFαやIL-1、FGF、TGF-βなどがこうした平滑筋細胞の挙動を制御する。このような変化が進行すると、泡沫細胞群の中央部に脂質が沈着した、プラークと呼ばれる盛り上がった病変が形成される。成熟したプラークには平滑筋細胞や泡沫細胞、脂質などが蓄積している。プラーク中心部の脂質は死んだ泡沫細胞の残骸で、壊死性コアと呼ばれる。初期のプラーク形成においては、動脈壁が外側に代償的に再構築される事で、血管内腔の口径は狭まらない。炎症性サイトカインは局所の泡沫細胞のMMPの発現を増加させ、プラークの繊維性皮膜を脆弱化し、プラーク破裂のリスクを増加させる。正常な繊維状のコラーゲンは平滑筋細胞の増殖も抑制している。プラークが破裂すると、血栓の形成を促進させる分子が露出され、血栓が生じる。



その他の参考文献
Erusalimsky, 2008 # 18
血管生物学、児玉龍彦、渋谷正史、高橋潔/著、1997、講談社
ハーバード大学テキスト心臓の病態生理第3版、Editor Leonard S. Lilly、2012、メディカル•サイエンス•インターナショナル



  • 最終更新:2013-02-13 10:19:00

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