3.1 酸化ストレスと寿命

<活性酸素 : ROS>

ミトコンドリアにおいて消費される酸素の約0.1%は活性酸素(ROS)となる。電子伝達系複合体を流れる電子が漏れ、それを酸素分子が受け取ってスーパーオキシド(O2-)が生じる。スーパーオキシドは生体中で多量に発生するが、それ自体の反応性は比較的低い。スーパーオキシドはSOD(スーパーオキシドジスムターゼ)により過酸化水素に変換され(2H++2 O2-→O2+H2O2)、過酸化水素はカタラーゼにより水と酸素に分解される(2 H2O2→O2+2H2O)。過酸化水素も酸化力は弱いが、比較的安定で寿命が長く、また膜を通過して拡散する事ができる。過酸化水素とスーパーオキシドが反応すると反応性の高いヒドロキシラジカルが生ずる(O2-+ H2O2→2HO・+ O2)。過酸化水素はFe2+、Cu+の存在下でもヒドロキシラジカルを生ずる(フェントン反応 : Fe2++ H2O2→Fe3++2HO・)。一度フリーラジカルが生じると、それが別の分子と反応してまた別のフリーラジカルを生じ、その連鎖を通じて多くの生体分子に影響を与え得る(例えば、R・+O2→ROO・、ROO・+R'H→ROOH+R'・)。過酸化水素の除去にはグルタチオン(GSH)やチオレドキシン(Trx)も関わっている。酸素が紫外線のエネルギーを吸収して生じる一重項酸素も活性酸素の一種で、これは主に不飽和脂肪酸と反応して過酸化脂質を生じる。一重項酸素の除去は主にカロテノイドによってなされる。

<ROSと膜電位>

ATPが活発に合成されているときなど、ミトコンドリア内膜間のプロトン濃度勾配が速やかに解消されていくような状況では、膜電位が低く抑えられる事で電子の漏れが抑制され、結果ROSの発生が抑えられる。UCP(Uncoupling protein)は膜電位を低下させる事で酸化ストレスを低減させる作用を持つ。膜電位に依存する電子の漏れは複合体IIIで起こるもので、複合体Iにおける電子の漏れは膜電位に依存しない。複合体IIIからはミトコンドリア内腔だけでなく膜間腔にも電子が漏れ出していく。ハエの神経系にヒトUCP2を発現させると、最大寿命が5-10%程度延びる。ただし、この場合ATPの産生も低下しており、その事が酸化ストレスの低減とは独立に寿命の延長に寄与している可能性も考えられる。なおハエの寿命は食餌制限(CR)によって30〜60%延びるが、このときミトコンドリアにおけるROSの産生率には変化がない(Sanz & Stefanatos, 2008 #39)。

<抗酸化系>

システインやメチオニン中のチオール基の酸化は酵素によって還元修復を受ける事が可能である。システインの還元に関わるGSHやTrxは、細胞内のレドックスセンサーの役割も担っている。H2O2の代謝には直接的にはTrxの関与が比較的大きく、GSHはチオール基のレドックス環境の緩衝に重要である事が提唱されている(Le Moan et al., 2006 #582)。GSHは三つのアミノ酸からなるトリペプチドで、Trxは分子量約12kDaの低分子量タンパク質である。GSHは細胞内にmMレベルで存在し小分子やROSとの反応性が比較的高く、一方Trxは細胞内にuMレベルで存在しタンパク質の還元を比較的効率良く行う。グルタチオンはグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)に触媒され、様々な障害を受けた分子に結合し、細胞外への排出を促す役割も持つ。GSHは相手分子の還元に伴って、自身は酸化されて二つのGSHから酸化型グルタチオンGSSGが生じる。GSHは活性酸素とは直接反応し、過酸化物との反応はグルタチオンペルオキシダーゼ(Gpx)に、ジスルフィド結合の還元はグルタレドキシン(Grx)に触媒される。GSSHはNADPHを基質として、グルタチオンレダクターゼ(Gsr)の作用によって再び還元される。酸化されたTrxはNADPHを基質としてチオレドキシンレダクターゼによって還元される。メチオニンの還元を行うメチオニンスルホキシドレダクターゼ A, B(MsrA, B)は、その反応に伴う自身の酸化の後、Trxによる還元を受ける。

酵素が関わる抗酸化系に加え、ビタミンC(アスコルビン酸)、尿酸、アルブミン、ビリルビン、メチオニン、生体膜中に含まれるビタミンE(トコフェノール)、カロテノイド、フラボノイド、ユビキノールなども抗酸化能を有する。ただし、鉄イオン存在下のビタミンCなど、逆にこれらによって酸化傷害が引き起こされる場合もある。

<ROSと寿命の相関関係>

複数の生物種を見た時に、寿命とROSの産生率、あるいは抗酸化能や新陳代謝率の間に相関関係が成り立つ事が報告されている。一方で、mtDNAのGC含量や膜の脂質の不飽和度、タンパク質のメチオニン含量の低さなど、生体分子そのものの酸化ストレス抵抗性と寿命との相関関係も報告されている。このような相関に当てはまらない生物種も多数存在する(Sanz & Stefanatos, 2008 #39)。

マウスやラットよりも10倍近く長く生きるハダカデバネズミでは、細胞の中の酸化ストレスのレベルはマウスやラットよりもむしろ高い。DNA、タンパク質、脂質とも酸化傷害の蓄積レベルが高く、さらに抗酸化系の機能も比較的低い。マウスに比べ、肝臓でGSHが少なくGSH/GSSG比も小さく、タンパク質の酸化レベルが高い。肝臓や腎臓、尿の中でのDNAの酸化傷害マーカーのレベルが高く、さらに肝臓、心筋、骨格筋、尿の中の脂質の酸化傷害マーカーのレベルが高い(Andziak et al., 2006 #522)。加えてハダカデバネズミではテロメアも短く、テロメラーゼの発現も低い。一方で、遺伝子発現パターンやマロンジアルデヒド含量、カルボニル化タンパク含量、抗酸化能、耐糖能、代謝率、骨ミネラル濃度などの加齢変化はマウスやラットよりも小さい。ハダカデバネズミは繁殖は半年以内には可能となる。最大寿命に関して言えば、ハダカデバネズミのように地中で生活する動物は鳥類同様体重の割に最大寿命が長い。ハダカデバネズミの一般的な死因は明らかにされていないが、癌の存在が認められておらず、また加齢に伴う死亡率の増大もあまり認められない。ハダカデバネズミはヒトやマウスとほぼ同数の遺伝子を有するが、ゲノムに占める反復配列の量は25%と、ヒト(40%)やマウス(37%)よりも少ない。CpGアイランドにおけるCpG含量はヒトやマウスよりも高く、それ以外の領域では逆に低い(Kim et al., 2011 #42)。ハダカデバネズミのDNAやタンパク質は、ダメージが蓄積しても、機能が損なわれにくいように設計されている可能性が考えられる。一方で、マウスに比べ肝臓でのプロテアソーム活性が高い事も示されている。肝臓での遺伝子発現解析から、ハダカデバネズミではミトコンドリアやレドックス制御に関わる遺伝子の発現が高い傾向にあり、タンパク分解制御やシャペロンについてもハダカデバネズミでより強く発現している遺伝子が見つかっている(Yu et al., 2011 #523)。ハダカデバネズミの肝臓のプロテアソーム活性の高さはプロテアソームの量よりむしろプロテアソーム単位当たりの活性が高い事に由来しており、種間の差異は核では無く細胞質に認められている(Rodriguez et al., 2012 #521)。

ハトとラットは代謝率にはほぼ差がないが、ハトの寿命は約35年とラットよりもずっと長い。ハトに限らず鳥類の多くは上記の寿命と代謝率の相関からは外れている。ただ、ハトはラットよりもROSの産生率が少ない。この差は、電子伝達系複合体Iにおける電子の漏れやすさの違いによるものである事が示唆されている(Sanz & Stefanatos, 2008 #39)。

<不明瞭な抗酸化系と寿命の関係性>

線虫やハエについては酸化ストレスの低減が寿命の延長につながる事が示されている。線虫において、細胞質に局在するSODであるCuZnSODの模倣剤を与えたり、ビタミンEを与えると最大寿命が延びる。一方で線虫が持つ5種類のSODを全て失わせても寿命は正常である。但しこの場合ストレスに対する抵抗性は低下している(Raamsdonk & Hekimi, 2012 #267)。通常の線虫ではパラコートによる少量のROSの誘導はむしろ寿命を延長させるが、SODを全て失った線虫ではこれは起こらない。ビタミンCやManganaseといった抗酸化剤による寿命の延長はSODを全て欠く線虫では認められるが通常の線虫では認められない。ハエでもビタミンEの投与は最大寿命を延長させる。異なる方法でSODを強制発現させた複数の報告では、最大寿命が延びたり延びなかったりしている。一方でマウスで行われた多くの抗酸化系の遺伝子改変実験は、この生物種の老化に酸化ストレスが強く関わっていない事を示唆している。ある種の酸化ストレス抵抗性の低下は特定の疾患を多発させ、抗酸化系はそのような異常は抑えているのかもしれないが、少なくともマウスでは寿命の規定には強く関与していない事が考えられる。CuZnSODを欠くマウスでは酸化ダメージの蓄積が増加し、寿命の短縮が起こるが、主要な死因がコントロール群では見られない肝癌となっており、この遺伝子操作は老化の促進につながったというよりは肝癌など、特定の病変を引き起こしたと解釈する事ができるかもしれない。この酵素を強制発現させたマウスでは酸化ストレスに対する抵抗性は上昇するが寿命の延長は認められない。MnSODを半量しか発現しない(完全に欠くものは生存する事ができない)、あるいは過剰に発現させたマウスでも、酸化ストレス抵抗性には変化は生じるが寿命には変化が認められない。CuZnSODとMnSODを共に過剰発現させても寿命に変化は起こらない。細胞外に分泌されるタイプのSODであるEC-SODを欠くマウスでも寿命の変化は起こらない。Gpx1を欠きGpx4を半量しか発現しないマウスでも寿命の変化は起こらない。Gpx4については過剰発現の影響も調べられているが、寿命に変化は認められていない。CuZnSODを欠き、さらに、MnSODかGpx1を欠くか、あるいはEC-SODかGpx4を半量しか発現しないマウスでも、CuZnSOD欠失マウスで起こる以上の寿命の短縮は起こらない。Gpx4を完全に欠損したマウスは胎生致死であるが、成熟後に欠損を誘導させた場合には、二週間以内にマウスが死亡する。死亡したマウスでは、ミトコンドリアの傷害や肝臓における呼吸鎖複合体I、IVの活性の低下、ATP含量の低下、海馬における神経の減少とアストロサイトの増加などが認めれる(Yuo et al., 2012 #43)。MsrAを欠失させたマウスでは寿命が短縮するという報告としないという報告があるが、前者ではコントロール群の寿命がそもそも短く、その飼育環境が特別なストレスを与えていたために生じた結果である可能性が考えられる。細胞質に局在するTrx1の強制発現は寿命を延長させるという報告があるが、これについてもコントロール群の寿命が短くなっており、老化を抑制した結果では無い可能性が考えられる。ミトコンドリアに局在するTrx2を半量しか発現しないマウスでも酸化ストレスの蓄積は増加しているが寿命に変化は認められない。カタラーゼを、ぺルオキシソームに局在する通常のもの(PCAT)と、局在シグナルを付加して核(NCAT)、あるいはミトコンドリア(MCAT)に局在するようにしたものをマウスに強制発現させた解析では、MCAT強制発現マウスでのみ有意な寿命の延長が認められた。MCATを強制発現させたマウスでは平均寿命、最大寿命共に約20%延びる。PCATあるいはNCATを強制発現させたマウスでも約10%程度寿命が延びていたが、統計的な有意差は伴わなかった。MCAT強制発現マウスではミトコンドリア内でのカタラーゼ活性がコントロール群の約50倍高くなっており、酸化ダメージの蓄積が抑制されている。PCATに加えCuZnSODを強制発現させたマウスでは平均寿命の有意な延長が認められたが、最大寿命には変化が無かった。一方で平均寿命にも差を認めないとする報告があるが、飼育環境の違いが原因である可能性が考えられる(Salmon et al., 2010 #41)。

抗酸化系の遺伝子では無いが、酸化ストレスの生成に関連するp66Shcを欠くマウスでは最大寿命が約30%延長する事が知られている。典型的にはreceptor tyrosine kinaseのシグナル伝達に関わるアダプタータンパクの一種であるShcファミリーには、ShcA、B、Cの三つの遺伝子があり、p66ShcはShcA遺伝子座からの産物の一つで、そこからは他にp52Shc、p46Shcも転写される。p66は上皮系の細胞で発現が強く、神経や造血、抹消血では発現が弱い。ShcB、Cは主に神経細胞に発現しており、p52、p46はユビキタスに発現している(Natalicchio et al., 2011 #481)。p66は、p52、p46とは異なりMAPKに刺激を伝える機能を欠くが、酸化ストレスやUV照射によってJNKやPKCβなどを通じてリン酸化されるセリン残基を有しており、修飾を受けるとミトコンドリアへの移行が促進され、膜中のシトクロムcを酸化しO2を還元してH2O2を生成させる。p66はこのH2O2の産生を通じてミトコンドリアの膜透過性を高めアポトーシスを誘導する機能を有している。また、ミトコンドリアのCa2+に対する応答性にも影響を与える。p66 KOマウスではROSのレベルが減少しており、アポトーシスも減少している。p66 KOマウスではIISも抑制されているが、これにはROSの減少が寄与している事が示唆されている(Pani, 2010 #44)。ob/obマウスのp66を欠損させると、血中インスリン濃度は高いまま(および体重にも差が生じない時点で既に)インスリン抵抗性が改善されており、p66は肥満によるインスリン抵抗性の誘導に関与している事が示唆されている。この作用は、p66がmTOR effectorであるp70S6によるIRS-1の抑制性リン酸化修飾を促進している事によっている事も示唆されている(Ranien et al., 2010 #449)。なおこのp66 KOマウスではp52Shcの発現が多くの組織で低下し、さらにp46Schの発現は脂肪細胞やマクロファージで増加している。p52Shcやp46Shcの発現に影響が起こらないようにしたp66 KOマウスでは、そうでないp66 KOマウスで見られる脂肪組織の減少と脂肪組織におけるIISの抑制が起こっていない。ただしどちらのマウスでも、骨格筋や肝臓におけるインスリン感受性の向上は認められる。p66の発現だけが損なわれたマウスでも寿命が延びているかは報告されていない(Tomilov et al., 2011 #450)。

p66 KOマウスは研究において適用される通常の飼育環境においては上記のように長命であるが、より自然に近づけた飼育環境においては野生型のマウスに淘汰されてしまう事が報告されている。p66 KOマウスは繁殖力や、飢餓や寒さに対する抵抗性が劣っている(Giorgio et al., 2012 #40)。



  • 最終更新:2013-02-13 10:32:14

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