3.6 脂質の損傷

<脂質過酸化物>

脂質過酸化反応(Lipid peroxidation : LPO)によって生じる脂質過酸化物は比較的安定であり、またその疎水的な性質から膜などを通じて細胞中に拡散できるので、様々な生体分子と反応してその機能に影響を与える。脂質の中でも多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated fatty acid : PUFA)は酸化を受けやすい。不飽和脂肪酸は一重項酸素による傷害を受ける主な分子種である。細胞内に特に多いPUFAはω6(脂肪酸のメチル末端から数えて6番目の炭素が一つ目の二重結合を有するという意味)のリノール酸やアラキドン酸である。LPOに対する抗酸化物質としてはGSHが主要なものであるが、他にもSOD、ビタミンC、ビタミンE、ビリルビンなどが機能する。アルコキシルラジカル(LO・)は引き続くβ切断により炭素数2〜12の短い産物を生じる。脂質過酸化物からは他にヒドロキシル酸、エポキシ酸などが生じ、ポリマーの形成にもつながるが、解析の困難さからこのようなポリマーに関する報告はほとんど無い。コレステロールも酸化を受ける。LDL中の酸化コレステロールは動脈硬化と関連する事が報告されている。

脂質の酸化によって産生されるアルデヒド、特にMDA(Malondialdehyde)、4-HNE(Hydroxynonenal)、4-HHE(Hydroxyhexanal)、アクロレインなどが、反応性が高く量も多いため重要である。MDAは二つのアルデヒドが一つの炭素原子を介して連結した構造を持ち、多様な生成経路が提唱されている。MDAは二つ以上の二重結合を持つどのような脂質からも生じ得るもので、LPOにより生じるアルデヒドの中で量が最も多い。MDAはALDHによって二酸化炭素と水に分解される。4-HNEはω-6のPUFAから、4-HHEはω-3のPUFAから生じ、量は前者の方が多い。濃度の上では4-HNEはMDAよりも何十倍も低いが、それでもおそらく4-HNEによる細胞毒性の方が強いと考えられている。4-HNEはGSHとの結合を介して速やかに尿中に排泄される。アクロレインもGSHとの結合を介して処理されるが、その速度は4-HNEの処理よりも速い。

DNAに対しては、MDAは特にCpG配列中のGを反対側の鎖のGとクロスリンクさせる反応を通じて変異を誘導する。一方4-HNEは姉妹染色分体分離に影響を与える。特に肝細胞では4-HNEに対する感受性が高い。タンパク質もLPOの産物と反応してカルボニル化タンパク質などを生じる。タンパク質のカルボニル化は金属イオンの触媒による直接の酸化よりも、むしろ酸化された脂質や糖による傷害を強く反映しているものと考えられる。中程度に4-HNEが結合したタンパク質は優先的にプロテアソームに分解されるが、重度に修飾されると凝集体を生じる。4-HNEの結合はシステインに最も起こりやすく、次いでヒスチジン、リジンに結合が起こりやすい。MDAはタンパク質のリジンやセリン残基に結合できるが、カルボニル化タンパクは生成しない。MDA修飾タンパクの蓄積はリポフスチンの形成に関係している事が報告されている。4-HNEはHSP72やHSP90、PDI(ERでタンパク質の折り畳みを助けるシャペロン)とも結合する。4-HNEとヒストンとの結合も報告されている。リン脂質の酸化に関して、4-HNEはホスファチジルエタノールアミンとは反応するが、ホスファチジルセリンとはほとんど反応しない。4-HNEのホスファチジルエタノールアミンへの結合は、そのアラキドン酸への変換を妨げる。また4-HNEは膜中のタンパク質にクロスリンクを生じさせ、膜間輸送に影響を与える事が報告されている。糖尿病においても4-HNEの影響が示唆されている。IRS-1、2は4-HNEのターゲットであり、その結合により分解が促進される。4-HNEと4-HDDE(Hydroxydodecadienal)の一部はアラキドン酸からそれぞれ12-LO(リポキシゲナーゼ)と15--LOの触媒作用と引き続く酸化傷害を通じて生成される。12-LOの機能を抑制すると、糖尿病の誘導に対してβ細胞の機能が比較的保たれる事が報告されている。過剰量の脂質や酸化ストレスは4-HNEの生成量を増加させる。一方で脂肪酸は脱共役タンパク質UCP1に結合し活性化させ、ROS産生の低減にも寄与し得る。また中程度の4-HDDEの存在は血管内皮細胞においてPPARδの活性化、及びGLUT1の発現低下を引き起こすなど、LPOの産物も保護的な役割を発揮し得る。糖尿病以外にも、動脈硬化と4-HNEや酸化リン脂質、酸化コレステロールとの関係もよく調べられている。これらは血管上皮細胞のレセプターに認識されたり、細胞内のタンパク質に結合するなどして様々な反応を引き起こす。脂質過酸化物量の加齢変化については、加齢に伴い増加するという報告が多いが、そうでない報告もある。



その他の参考文献
Nerge-Salvayre-et al., 2010 # 56
Gueraud et al., 2010 # 57



  • 最終更新:2013-03-10 18:33:32

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