4.2 老化とエピジェネティクス

<加齢に伴うゲノムワイドなDNAメチル化レベルの変化>

加齢に伴いゲノムワイドなDNAメチル化レベルが低下する事が、サケのいくつかの組織(Berdvshev et al., 1967)とラットの脳、心臓(Vanyshin et al., 1973)、マウスの脳、小腸(Wilson et al., 1987 #99)、ヒトの全血(Bjornsson et al., 2008; Bollati et al., 2008 #98)、リンパ球(Fule et al., 2004)、気管支由来の上皮細胞(Wilson et al., 1987 #99)について報告されている。ヒトの肝臓のように、ゲノムワイドなDNAメチル化レベルに変化の認められない組織もある(Tawa et al., 2002)。またヒト、マウス、ハムスターで繊維芽細胞の継代に伴ってゲノムのメチル化レベルが低下していく事が報告されている(Wilson & Jones, 1983 #)。一方で、マウスの海馬では加齢に伴いDNMT3Aの活性の上昇と共にゲノムワイドなDNAメチル化レベルが増加する事が報告されている(Chouliaras et al., 2011a,b)。マウス海馬におけるこれらの変化は、CRによっては抑制されるが、CuZnSODの強制発現によっては抑制されない。

<加齢に伴う領域特異的なDNAメチル化レベルの減少>

加齢に伴う領域特異的なDNAの低メチル化に関しては、ヒトのT細胞でITGAL(Zhang et al., 2002 #111)、ラットの脾臓でActb(Slagboom et al., 1990 #102)、マウスの脾臓でc-Myc(Ono et al., 1988 #84)のメチル化率が低下する事が示されている。

<加齢に伴う領域特異的なDNAメチル化レベルの増加>

加齢に伴う領域特異的なDNAメチル化の増加に関しては、例えばヒトの大腸粘膜でER(Issa et al., 1994)、IGF2(Issa et al., 1996 #327)、MYOD1、N33(Ahuja et al., 1998)、ヒトの前立腺でLOX、INK4A、RUNX3、TIG1(So et al., 2006 #92)、ヒトの歯周靱帯でCOL1A1(Takatsu et al., 1999 #107)、ヒトの骨格筋でCOX7A1(Rönn et al., 2008 #109)、NDUF6(Ling et al., 2007 #112)、ラットの生殖細胞と肝臓でリボソーム遺伝子(Oakes et al., 2003)、ラットの腎臓でCdh2(Akintola et al, 2008)、ラットの肝臓でGck(Jiang et al., 2008 #110)、マウスの肝臓でc-Myc(Ono et al., 1988 #84)のメチル化率が上昇する事が示されている。このうちER、IGF2、MYOD1、N33、LOX、INK4a、RUNX3、TIG1は癌の発症に際しても高度にメチル化を受け抑制される事のある癌抑制遺伝子である。COX7A1、NDUF6、Gckはいずれも糖尿病との関連が考えられる遺伝子で、これらのメチル化亢進はいずれも遺伝子発現の低下を伴っている。Cdh2のメチル化変化については、CRによって抑制できる事も同時に示されている。

<DNAメチル化状態の加齢変化のヒト-マウス間の共通性>

DNAメチル化が加齢に伴い変化する領域をゲノムワイドに調べる事も行われている。マウスの小腸で3627領域についてメチル化を調べた解析では、774領域(21%)でメチル化率が上昇しており、446領域(13%)でメチル化の低下が認められている(Maegawa et al., 2010 #93)。ヒトでも同様に調べられ、ヒトにおいてメチル化率の増加が認められ、かつマウスと比較可能な276遺伝子のうち、116遺伝子はマウスにおいても加齢に伴いメチル化が増加していた。一方、ヒトで加齢に伴いメチル化が低下する99遺伝子の中で、マウスでもメチル化が低下してゆくものは3遺伝子のみであった(ただし、加齢に伴うメチル化率の増加と減少それぞれについての偽陽性と偽陰性が同程度含まれているとは限らない点に留意して注意深く解釈する必要がある)。ここで同定されたマウスの小腸におけるメチル化の加齢変化の大部分は調べた他の組織では認められなかった。この時、ゲノムワイドな反復配列のメチル化レベルには変化は無かった。加齢に伴いメチル化が亢進する遺伝子の中にはPcG(ポリコーム群タンパク)のターゲットがEnrichしていた(約2倍)。

<加齢に伴いDNAのメチル化率が増加する領域の特徴>

ヒトの全血とCD4+T細胞、CD14+単球を用いた類似した解析も行われている(Rakyan et al. 2010 #94)。これらの組織、細胞で加齢に伴いDNAのメチル化率が増加する領域は類似している。共通してメチル化率の増加が見られる遺伝子領域にはH3K27me3やH3K9me3修飾が多く認められた。各修飾のEnrichmentは2倍以下である。このときのヒストン修飾のデータはCD4+T細胞のものである。ES細胞においてBivalent domainをもつ遺伝子領域も多く含まれていた(Enrichmentは2倍程度)。ヒトの全血を用いた別の解析では、メチル化率が増加する226領域のうち69領域がES細胞におけるPcGのターゲットで、これは約5倍のEnrichmentであった(Teschendorff et al., 2010 #95)。老齢個体から単離した間葉系幹細胞(MSC)や卵巣がんにおいてもこれら69領域の大部分でメチル化率が増加していた。なおPcGのES細胞におけるゲノム上の局在は、DNAの脱メチル化に関わるTET1と良く重複し、どちらもCGIに多く結合する。PcGのターゲットである事と加齢に伴うメチル化変化の感受性の因果関係は不明であるが、直接的なものでは無い可能性もあり得る。

MSCと、MSCから分化する破骨細胞、およびそのいずれかから由来したと考えられるU2O2細胞においてDNAのメチル化を解析した研究からは、三者のうちU2O2特異的にメチル化されている領域の大部分がES細胞におけるBivalent domainの近傍であるが、それらの領域の多くはMSCや破骨細胞においてはBivalentな修飾を受けていない事が示されている。MSCや破骨細胞において、抑制性のH3K27me3修飾を受けている領域が、U2O2細胞でメチル化される領域の中にEnrichする事は認められている。これら抑制性の修飾を受けている遺伝子の発現はもともと低く、U2O2細胞においては全体としてはそれらはさらにもう少し強く抑制される傾向があった。一方で、ES細胞やMSC、破骨細胞でH3K4me3修飾を受けており発現の高かった遺伝子は、U2O2で顕著に抑制されていた(Easwaran et al., 2012 #85)。

加齢に伴うDNAのメチル化の変化と炎症との関係を、回腸に炎症の見られるGpx1/2 ダブルノックアウト(DKO)マウスを用いて調べた報告もある(Hahn et al., 2008 #97)。4週齢の時点ではDKOマウスとWTマウスのDNAメチル化パターンにはほとんど差はないが、8ヶ月齢の時点では大きな差が認められた。WTマウスとDKOマウスで共通してメチル化率が増加してゆく213遺伝子と炎症依存的にメチル化率が増加する249遺伝子の間では65遺伝子が共通していた。ただし、この時DKOマウスの系統はB6.129でWTマウスの系統はB6である。B6.129系統のマウスの回腸に生じる癌でメチル化率が増加している209遺伝子と炎症依存的にメチル化される271遺伝子の間では122遺伝子が共通していた。加齢によっても癌化によってもメチル化率が増加する24遺伝子のうち、20遺伝子が炎症によってもメチル化率の増加を示した。炎症によってメチル化率が増加する遺伝子には、加齢や癌化によってメチル化される遺伝子群よりもPcGのターゲットが強くEnrichしていた。

マウスの脳、肝臓、筋肉では、メチル化の加齢変化は成熟期以前に既に始まっており、成熟期前の方が変化が早く進む事が報告されている(Takasugi, 2011 #96)。いずれの組織においても、メチル化の亢進は発現の比較的低い遺伝子の周辺に、逆にメチル化の低下は発現の比較的高い遺伝子の周辺に多い事が示されている。低メチル化は肝臓で他の二つの組織に比べずっと顕著である。

<ヌクレオソーム構造の加齢変化>

ヌクレオソーム構造は細胞老化や加齢に伴って乱雑化していく事が繊維芽細胞を用いて示されている。若い細胞のクロマチンをヌクレアーゼで処理すると145(148)bp、330 bp、504(510)bp、674(680)bpと周期的な残存DNAのピークが得られるが、老化した細胞ではそれらのピークが弱くなり、なだらかで連続的なシグナルが得られるようになる。同時に電子顕微鏡観察から老化した細胞のクロマチンでは一部の領域でヌクレオソームが疎になっている事が報告されている(Ishimi et al., 1987 #119)。また、継代を経る毎に30 nmクロマチンファイバーの凝集度が低下し、特に細胞老化の直前で著しい変化が起こる(Macieira-Coelho & Puvion-Dutilleul, 1988 #117)。高齢者から得た繊維芽細胞においても同様な変化が認められている。マウスの神経細胞では加齢に伴うヌクレオソーム間の距離が増してゆく傾向にあり、一方でクロマチン中のDNAはミクロコッカスヌクレアーゼによる消化を受けにくくなる事が報告されている。グリア細胞においてはこれらの変化は起こらない(Berkowitz et al., 1983 #118)。

<ヒストン合成の加齢変化>

ヒトの繊維芽細胞では、加齢に伴って、あるいは細胞老化によってもH3とH4の発現レベルが低下する。ヒストンシャペロンであるAsf1とCAF1の発現も低下する(O'Sullivan et al., 2010 #116)。DNAの傷害はヒストンmRNAの分解を誘導する事が報告されている。酵母では複製老化に伴いヒストンの発現はmRNAレベルでは増加するがタンパク質レベルでは低下する。ヒトの繊維芽細胞におけるH3とH4の発現変化はp53及びpRb非依存的に起こる事が示されている。またヒトの繊維芽細胞では、S期において、ヒストンのmRNAの翻訳を促進するSLBPの発現が低下していく事も示されている(O'Sullivan et al., 2010)。

<ヒストン修飾の加齢変化>

ヒストンのアセチル化修飾に関してはラットの肝臓で、中齢期から高齢期にかけてH3K9Ac修飾が減少する事が報告されている(この時同時にH3S10ph修飾が増加する事も報告されている)(Kawakami et al., 2008 #38)。老齢マウス肝臓におけるHDAC1のタンパクレベルでの発現増加も報告されている(Wang et al., 2008 #37)。一方でH3K9やH4K16の脱アセチル化を行うHDACの一つであるSIRT1の発現については老齢マウスの肝臓で低下している(Jin et al., 2011 #113)。繊維芽細胞では細胞老化に伴うヒストンのアセチル化レベルの低下(Ryan and Cristofalo, 1972)と、SIRT1の発現の低下が報告されている(Sasaki et al., 2006 #114)。他に、加齢に伴い構成細胞の増殖能が低下する胸腺のような組織では、加齢に伴いSIRT1の発現が低下するが、ほとんどの構成細胞が若齢時から分裂能を持たない脳では変化が認められない(Sasaki et al., 2006)。老齢マウスの海馬では、恐怖条件付けに伴うH4K12アセチル化レベルの一過的な上昇が抑制されており、かつ恐怖条件付けに伴う遺伝子発現変化が損なわれる(Peleg et al., 2010 #77)。HDAC阻害剤を投与すると恐怖条件付けに伴うH4K12のアセチル化と遺伝子発現の応答が回復し、認知機能も改善した(Peleg et al., 2010)。

ヒストンのメチル化修飾に関しては、H4K20me3修飾はラットの肝臓では加齢に伴い増加するが、腎臓ではH4K20me3修飾は中齢期から高齢期にかけてむしろ減るようである(Sarg et al. 2002 #90)。アカゲザルの前頭前皮質では、生後から老齢期にかけてプロモーター領域やエンハンサー領域に見られるH3K4me2修飾の増加が起こり、これはH3K4メチル化酵素であるSET7DとDPY30の発現の増加を伴っている(Han et al., 2012 #367)。ヒト繊維芽細胞の細胞老化においてもH4K20me3修飾は増加する(Bracken et al., 2007)。また細胞老化に伴いH3K9me3修飾とH3K27me3修飾が低下し、さらにEZH2の発現レベルも低下する(Bracken et al., 2007; O'Sullivan et al., 2010)。HGPS患者の繊維芽細胞においてもH3K9me3修飾とH3K27me3修飾は低下しており、EZH2の発現も低下しているが(Shumaker et al., 2006)、一方でこの場合はH4K20me3修飾は増加する。HGPS患者の繊維芽細胞におけるH3K27me3修飾の低下はgene poor regionに多く認められ、それらの領域では同時にLaminA/Cからの解離み認められる傾向にある(McCord et al., 2012 #511)。ラットの肺由来の繊維芽細胞ではH3K79me3修飾が減少する(Kim et al., 2011 #120)。一方ヒトの肺がん由来の細胞株ではH3K79me3修飾とその修飾を担うDOT1Lの発現が増加しており、その発現の抑制は染色体の分離に異常を生じさせ細胞分裂を停止させる(Kim et al., 2011)。

H3K4me3に対する結合能を持ち、p53と協調して細胞の増殖や細胞死の制御に関わるING1は、Rasによる細胞老化の誘導に際して発現が増加しており、細胞老化のために必要である。ING1の強制発現によっても、p53依存的な細胞老化が誘導される。このING1による細胞老化の誘導のためにはH3K4me3の認識が重要であると考えられている。ING1は癌では発現が抑制されている場合が多く、変異を有している事もある。ING1の強制発現による遺伝子発現への影響はRasの場合とはかなり異なっているが、発現が増加するものが多く、サイトカインなどがEnrichしていた(Abad et al., 2010 #440)。

ヒストン修飾は細胞周期を通じて変化しており、その点も含めてヒトの繊維芽細胞で継代を重ねた時どのように変化するかを調べた報告もある(O'Sullivan et al., 2010)。この報告ではH3K4me1〜3、H3K9me2、3、H4K20me3、H3K56Ac修飾の減少、H3K9me1修飾の増加が認められている。先に言及した報告ではH4K20me3修飾は増加しているが、ここでは逆が起こっている。H3K9me2修飾はG2〜G1期にかけては低下はしていない。H3K56Ac修飾の低下はS期に起こっている。また始めはH3K4me3修飾はS期からG2期に多いが、継代数の高い細胞では細胞周期を通じて発現するようになってなる。H3K4me2修飾はG1〜S期及びG2期に限局されるようになる。H4K5Ac修飾とH4K16Ac修飾は元々S期に発現ピークを持つものが、M期にもピークをもつ二峰性の発現に変わる。またこの報告では、先に述べた報告とは異なりSIRT1の発現は上昇している。SIRT2の発現も上昇している。

<加齢に伴う肝再生機能の低下とエピジェネティック制御>

先述の肝臓におけるHDAC1の発現増加は肝臓の再生能力の低下と関連付けられている。若齢マウスでは2/3部分肝臓切除(PH)の後ほとんどの細胞が増殖を開始するのに対し、老齢マウスでは約30%の細胞が増殖を開始するのに留まる。老齢マウスの肝臓では、PHによる、c-Mycやc-Fos、CDK1、FoxM1Bを含むE2Fターゲットの発現誘導が抑制されている。若齢マウスの肝臓においてはC/EBPαはCDK2と複合体を形成しているが、老齢マウスではpRb、E2F4、Brm、HDAC1、HP1αを含む複合体を形成しており、この複合体はC/EBPαターゲットではなくE2Fターゲットの発現を抑制している。なお、HDAC1はC/EBPβとも結合して、その相互作用は肝再生の促進に寄与する。老齢マウスではサイクリンD3の発現が上昇しており、サイクリンD3-CDK4によるC/EBPαのリン酸化がC/EBP-Brm-HDAC1の複合体形成を促進している。サイクリンD3-CDK4はまたCUGBP1を活性化させる事でHDAC1 mRNAの翻訳も促進する。老齢マウスにおけるサイクリンD3の発現はGH投与により抑制され、さらにそれによりC/EBPα-Brm-HDAC1複合体の形成も抑制される(Timchenko, 2009 #36)。

<SAHF>

細胞老化に伴うエピジェネティック制御には一部明らかな種差が認められている。ヒトでは、細胞老化に伴ってSAHF(Senescence Associated Heterochromatin Foci)と呼ばれる特徴的なドット状の凝縮したクロマチン構造が形成される場合がある事が知られている。SAHFの形成は細胞老化の確立に先行する(Chandra et al., 2012 #387)。SAHFの中では転写は抑制されていると考えられている。マウスではこれは起こらない。一つのドット(SAHF)は一本の染色体に対応していると考えられている。pRBはSAHFと共局在し、その形成に必要である。SAHFの形成はOncogene-Induced cellular Senescence(OIS)のような、INK4Aの発現上昇を伴う細胞老化においてのみ認められるようである。INK4AはSAHFの誘導に必要であるが、維持には必要ではない。


SAHFはDDRによるアポトーシスの誘導を抑制するためのもので、細胞老化に際して細胞増殖を停止させる為の遺伝子抑制に関わるヘテロクロマチン制御とは別のものである事が示唆されている。細胞老化を起こした細胞の増殖はATMやp53の不活性化により再開させられる場合があるが、それでもSAHFは残存し得る。p53が不活性化されていてもSAHFは形成され得る。SAHFの中にはテロメア領域は含まれておらず、SAHFの形成がテロメア部分に限ってはDDRを促進している可能性が示唆されている。

細胞老化に伴ってH3.1、H3.2の発現は減少するが、一方でH3.3やmacroH2Aの発現は増加する事が報告されている。H3.3は通常TSS近傍に多く見られ、ヌクレオソームを不安定化させて転写の促進に寄与すると考えられているが、SAHFとの関連も報告されているヒストンバリアントである(SAHF中にEnrichしているかは明らかではない)。H3.3のヌクレオソームへの取り込みにはヒストンシャペロンのHIRA/UBN1/CABIN1/ASF1a(HUCA)複合体、DAXX/ATRX複合体、DEK複合体が関わっている。HIRAやASF1aの強制発現はSAHFの形成を誘導する(Zhang et al., 2005)。これらはH3.3の取り込みだけでなく、間接的にmacroH2Aの取り込み促進にも働いている。

SAHFの構成因子上の特徴としては、H3K9me3修飾、macroH2A、HMGA、pRB、HIRA、HP1γなどのEnrichmentが挙げられる。HMGAのEnrichmentに対して、これと拮抗的にリンカーDNAに結合するH1は逆にSAHFから除かれる。このHMGAのSAHFへの集積はSAHFの形成およびそれによるE2Fターゲットの安定した抑制に重要である(Narita et al., 2006)。ドット状のSAHF構造の中で、H3K9me3修飾はその中心領域、周辺領域はH3K27me3修飾がEnrichしている。JMJD2DやSUZ12のノックダウンによるこれらの修飾の減少はSAHFの形成に影響を与えない。形成後のSAHFをHMGAのノックダウンにより崩壊させてもH3K9me3やH3K27me3の修飾パターンに大きな影響はない。SAHFの形成時にもゲノムワイドなH3K9me3やH3K27me3の修飾パターンは大きくは変わっておらず、修飾個所が集まる事でSAHF構造中のEnrichmentがなされているものと考えられる(Chandra et al., 2012 #387)。H3K9me3修飾やHP1、macroH2AのEnrichmentはDAPIで染色される染色体の凝集が起こった後に見られるものであり、従ってSAHFの形成自体には不要であるが、維持などには必要な可能性が考えられる。またHP1γを阻害してもH3K9me3修飾やmacroH2Aの取り込みは起こる。HIRAやHP1γはPML bodyにリクルートされ、そこでリン酸化されてSAHFに取り込まれる。HIRAのPMLへの局在を阻害したり、PML body自体の形成を阻害するとSAHFの形成が損なわれる。

ヒトではSAHFの形成に伴いDAPIによるドット状の染色が認められるが、マウスでは始めからそれが存在し、細胞老化による変化は無い。またヒトでは細胞老化に伴いWnt2の発現が低下し、それによりHIRAのPML bodyへの局在が誘導されるが、マウスではWnt2の低下は起こらず、HIRAのPML bodyへの局在も起こらない。ただし、macroH2Aの発現上昇はマウスの繊維芽細胞でも認められる(Rai & Adams, 2011 #10)。

<テロメアおよびサブテロメア領域のエピジェネティック制御>

テロメアと隣接するサブテロメア領域のヒストンはあまりアセチル化修飾を受けておらず、H3K9me3修飾、H4K20me3修飾、H3K79me2修飾、DNAメチル化修飾、及びHP1の結合に富む(DNAのメチル化修飾はサブテロメア領域に限られる)。テロメアが短縮化するとこれらの特徴が失われていく。Suv39h1、2やSuv4-20h1、2を欠く細胞ではテロメアの伸長が促進されている。Suv4-20h1、2のテロメア領域へのリクルートはHP1、及びHP1と相互作用するpRBファミリーのタンパク質に依っている。サブテロメア領域のDNAのメチル化の消失はテロメアの伸長促進、及び不安定化を招く。SIRT6はテロメアに局在しており、そこでH3K9を脱アセチル化する事でWRNの結合を促進する(Schoeftner & Blasco, 2010 #115)。

<幹細胞機能の保持に関わるエピジェネティック制御>

BMI1はATMのターゲットであるChk2の抑制にも機能する。BMI1はHSCの分化能維持に必要であるが、Chk2を欠く場合にはBMI1が無くても分化能が維持される。またBMI1やMEL18はAkt/PKBの活性に対して抑制的に働く。一方でAkt/PKBはEZH2をリン酸化しその機能を抑制する。他にも、BMI1の強制発現はヒト上皮細胞(HMECs)でhTERTの転写を活性化させる事が報告されている。幹細胞の維持に関連して、H3K4me3修飾を通じて遺伝子の転写の活性化に関わるMLL1はHSCの維持及び分化に必要で、NCSの分化にも必要である。MLL1はH3K27me3デメチラーゼであるJMJD3をリクルートするため、直接的にはそちらが重要である可能性もある。ケラチノサイトの幹細胞の維持にはJMJD3が必要で、分化に伴いその発現は低下する(Pollina & Brunet, 2011 #121)。

<癌とDNMT1>

先述のように、癌において認められるDNAメチル化変化の一部については、加齢に伴っても変化が進んでいる。癌では、ゲノムワイドな低メチル化と領域特異的なメチル化率の増加あるいは減少が報告されている。ゲノムワイドな低メチル化が起こっているにも関わらず、多くの癌でDNMTの発現は上昇している(Robertson, 2001 #122)。一方でDNMT1のタンパク質レベルの発現と領域特異的なメチル化率の増加とは相関する事も報告されている(Etoh et al., 2004; Peng et al., 2006; Nakagawa et al., 2005)。メチル化活性を持たないDNMT3Bサブタイプの発現の亢進も報告されている(Robertson et al., 1999)。但し、各DNMTの発現は癌の発生における各ステージによって異なる変化パターンを示す事があり、その役割も各ステージで異なる。DNMT1の活性を低下させたマウスではゲノム不安定性の惹起により肝癌の発生は促進されるが、一方で大腸癌については、良性腫瘍の発生頻度は増加するもののその後の発達が抑制され、結果的には大腸癌の頻度は低下する(Yamada et al., 2005 #123)。

<CIMP>

いくつかの種類の癌について、その中のかなりの割合の症例で多数のCpGアイランド(CGI)で類似したメチル化率の増加パターンを示す事が知られている。この形質はCIMP(CGI Methylator Phenotype)と呼ばれ、大腸癌、胃癌、肺癌、肝癌、白血病、グリオーマの一部に認められている。CIMP陽性の癌とCIMP陰性の癌では見られる遺伝子変異のパターンは異なっており、癌の発生に至る道筋が異なっているものと考えられる(Toyota M et al., 2000、Weisenberger et al., 2006 #82、Turcan et al., 2012 #88)。

CIMP陽性の大腸癌とグリオーマではそれぞれBRAFとIDH1の変異が高い頻度で認められた。前者はRasシグナリングに関与しており、後者は変異によりα-KGの代わりに2-ヒドロキシグルタラートを生成するようになる。2-ヒドロキシグルタラートはヒストンの抑制性ヒストン修飾を亢進させ、遅れてDNAメチル化状態に異常を生じさせていく(Lu et al., 2012 #89)。IDH1の変異はCIMP形成を誘導するのに十分である事が示されている。TETはα-KG依存的に機能する脱メチル化酵素で、IDH1の変異によりTETの機能が阻害される事がCIMP形成に関与している事が示唆されている(Turcan et al, 2012 #88)。なおメラノーマではIDH2およびTETの発現、ならびに5hmCレベルが低下しており、TET2の強制発現は癌の成長を抑制させる(Lian et al., 2012 #347)。乳癌や前立腺癌ではTET1の発現が低下している。これらのTETの発現低下は細胞の浸潤を促進させる。TET1の発現低下による細胞の浸潤促進はDNA結合能とデオキシゲナーゼ活性に依存している。また、TET1はTIMP2、3のメチル化を抑制する事でその発現を促している(Hsu et al., 2012 #372)。

MBDを用いたメチル化DNAのシークエンス解析から、大腸癌細胞ではCIMP陰性、陽性共に正常細胞よりも3780カ所で高メチル状態にあり、CIMP陽性細胞では加えて2026領域がメチル化されている事が報告された(Xu et al., 2011 #87)。この2026領域の約80%がCGIに含まれており、さらに約25%が大腸癌細胞で共通してメチル化を受ける3780領域に近接していた。

<ヒト大腸癌のMLH1遺伝子領域周辺の広大なゲノム領域にわたって見られるCGIのメチル化>

ヒト大腸癌におけるMLH1のメチル化によるサイレンシングは、マイクロサテライト不安定性を伴う場合が多い。マイクロサテライト不安定性を示す大腸癌細胞では、MLH1を含む1 Mbもの領域に渡って、その中に存在するCGIの大部分がメチル化されている。それらのCGIに制御される遺伝子の抑制にはメチル化が部分的に寄与している。マイクロサテライト不安定性を示さず、同領域のメチル化の亢進が認められない大腸癌細胞においてもこれらの遺伝子は抑制されている(Hitchins et al., 2007 #106)。

<癌における癌抑制遺伝子のメチル化と癌遺伝子の低メチル化>

既に述べた癌においてメチル化される癌抑制遺伝子の他に、INK4A/ARF、BNIP3、Caspase8、TIMP3、TSP1、E-cadherin、MLH1もメチル化による異常な抑制を受ける事があり、それらは癌化に寄与し得る。hTERTのメチル化は逆に転写の抑制に働くCTCFの結合を阻害して転写の活性化に通じ、これも癌化に寄与し得る。領域特異的な脱メチル化に関しては、MAGEやBAGE、R-Ras、MASPIN、S-100の脱メチル化が癌において認められる(Wilson et al., 2007)。

<癌におけるゲノムワイドな低メチル化と領域特異的な高メチル化の関係>

MAGE遺伝子の低メチル化はLINE1の低メチル化と相関する(Kaneda, 2004 #100)。またBAGE遺伝子の低メチル化もSat2(サテライト)の低メチル化と相関する。一方癌における低メチル化と高メチル化は独立した過程である事が示唆されている(Grunau et al., 2005 #105; Kaneda et al., 2003、Frigola et al., 2005 #101、Rodriguez et al., 2006 #104、Furuta et al., 2004 #103)。肝細胞癌(HCC)の発症には脱メチル化プロセスが関連している可能性が示唆されている(Lin et al., 2001;Takai et al., 2000 #91;Saito et al., 2001;Wong et al., 2001;Saito et al., 2002)。

<癌においてDNAメチル化変化が認められる領域の特徴>

癌においてCGIが高メチル化されている遺伝子群には、加齢変化における場合と同様H3K27me3修飾やPcGタンパクであるEED、SUZ12のターゲットがEnrichしている(Widschwendter et al., 2007 #78)。メチル化が亢進していた遺伝子群の44%がこれらのいずれかの特徴を持っており、これは約11倍のEnrichmentであった。なおヒストン修飾やEED、SUZ12の結合に関するデータはESCで解析されたものである。癌ではこれらのメチル化された領域にDNMTがリクルートされているが、正常細胞(正常組織やそこから培養した細胞)ではリクルートされていない。他の転写抑制性のヒストン修飾のEnrichmentは見つかっていない(Schlesinger et al., 2006 #79)。一方でPolII(Takeshima et al., 2009 #80)、Sp1、NRF1、YY1(Gebhard et al., 2010 #81)のプロモーターへの結合は癌における新規メチル化と負に相関している。さらに、癌でメチル化される遺伝子は元々の正常組織で発現が低い遺伝子が多く含まれている事も報告されている(Keshet et al., 2006 #83)。

ヒト乳癌細胞株とヒト乳腺上皮細胞についてゲノムワイドにバイサルファイトシークエンス解析を行った解析からは、この癌細胞では中程度にメチル化されていた領域で低メチル化が進んでおり、周辺の遺伝子の発現は癌細胞では抑制される傾向にある事が報告されている(Hon et al., 2011 #86)。この時、低メチル化が起こる領域ではH3K9me3あるいはH3K27me3修飾の増加が起こっている。

<癌におけるヒストン修飾制御の変化>

癌における他のヒストン修飾の変化についてはH4K20me3(Olins and Olins, 2005)、H3K9Ac(Seligson et al., 2005)、H4K16Ac(Fraga et al., 2005)の減少が報告されている。膵臓腺がん、肺がん、腎臓がんではH3K4me2、H3K9/K18Acの減少が報告されている(Manuyakorn et al., 2010; Seligson et al., 2009)。前立腺癌ではH3K4me2、H3K9me3、H3/4Acの減少が報告されている(Ellinger et al., 2010)。

<癌に見られるエピジェネティック因子の変異>

癌では、多くのエピジェネティック変化が認められる一方で、DNMT1やヒストン修飾酵素の変異はあまり見つからない。SNF5などのクロマチンリモデリング因子では比較的頻度の高い変異が見つかっている。



  • 最終更新:2013-02-13 11:38:59

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