5.4 INK4ファミリータンパクとARF

<INK4ファミリーの発現パターン>

INK4ファミリーにはINK4A(p16)、INK4B(p15)、INK4C(p18)、INK4D(p19)が存在し、これらは少なくともサイクリンD-CDK4/6を抑制し、またCIP/KIPファミリーの結合を別のサイクリン-CDK複合体に移行させる事で細胞周期の抑制に関わる(Canepa et al., 2007 #147)。細胞周期を通じては、INK4Aは通常G1期で最も発現が強く、一方INK4CとINK4DはS期で発現が強い。発生に際してはINK4C、INK4Dの発現は様々な組織で認められるが、INK4A、INK4Bは検出されない。このような発現レベルでの使い分けが存在する一方で、一つのINK4Aタンパクの発現を抑制させた場合に別のINK4タンパクの発現が増加するという事も起こる。INK4Aを欠損するMEFではINK4Bの発現がタンパク質レベルでの制御により増加しているが、逆にINK4Aを過剰に発現させるとINK4Bがプロテアソームよる分解を通じて減少する。また、ヒトのアストロサイトでINK4Aの発現を抑制すると増殖が起こると共にE2Fの作用を通じてINK4Cの発現が増加する。INK4ファミリーのタンパク質はそれぞれCDKIとして以外の機能も発揮する可能性がある。INK4AはJNK1/3と結合しその機能を抑制する事ができ、加えて転写開始複合体中のTFIIHと相互作用してCTDのリン酸化を抑制する事もできる。

<INK4B-ARF-INK4A領域>

INK4BとARF、INK4Aは近接したゲノム領域にコードされており、ヒトやマウスではINK4B エキソン1、2、ARF エキソン1、INK4A エキソン1、2、3と並んでおり、INK4Aのエキソン2の一部はARFのエキソン2ともなっている。ニワトリではINK4B エキソン1、2、ARFと並んでおり、INK4Aは存在していない。INK4AはINK4Bの重複から派生したと考えられ、ARFはその後に生じたものである可能性が考えられる。ARFのエキソン2はARFの機能に必須では無い。INK4Bの下流(INK4Aと向かい合う側)からはINK4Bのアンチセンスnon-coding RNAであるANRILが転写される。ANRIL配列中に位置するSNPと心疾患、糖尿病、アルツハイマーなどとの関係性が報告されている。ANRILはINK4Bの発現制御のみでなく、エピジェネティック制御因子のリクルートメントなどを通じてARF/INK4Aの発現制御にも関わっている可能性が考えられる(Popov & Gil, 2010 #148)。

<INK4B-ARF-INK4A領域と老化>

INK4B-ARF-INK4A領域の多型はヒトでは動脈硬化や心疾患、脳卒中や糖尿病のリスクと関連づけられている。INK4B-ARF-INK4A領域を余分に持たせたマウスでは癌が抑制される他、癌以外で死亡するマウスの寿命も延長する。一方でp53を余分に持たせたマウスでは癌は抑制されるが寿命は延長されない。なお恒常的なp53の活性化は早老を招く。INK4B-ARF-INK4A領域とp53の両方を余分に持たせると、寿命が延び、癌の抑制は顕著に抑制される。この時、体重や血中IGF-1濃度に変化は無い。INK4B-ARF-INK4A領域を余分に持たせたマウスでは加齢に伴う耐糖能の低下やインスリン抵抗性が抑制され、末梢組織のインスリン感受性が向上している(体重に変化は無い)。またこれらの寿命延長マウスでは、加齢に伴うneuromuscular coordinationの低下や、肝臓や腎臓での加齢に伴うγH2AXの増加が抑制される。p53やそれに加えてINK4B-ARF-INK4A領域を余分に持たせたマウスに更に上皮系の組織に限ってテロメラーゼを強制発現させたマウスでは寿命が延長する。これらのマウスでは若齢時から血中IGF-1濃度が高くなっている(余分なINK4B-ARF-INK4A領域を持たないものでは老齢期ではコントロール群と同レベルに低下している)。上記の寿命延長マウスは全て平均寿命は延長するが、最大寿命の延長は認められていない(Tomas-Loba et al., 2008 #127; Gonzalez-Navarro et al., 2012 #498; Matheu et al., 2007 #499; Matheu et al., 2009 #500)。

<INK4AおよびINK4Bの発現制御>

EtsやHBP1、NONO、c-Myc、E47、はINK4Aの発現を促進させる。EtsによるINK4Aの転写活性化はId1の拮抗的な作用やLMP1による核外移行によって抑制される。p53を欠損するMEFではEts1の発現増加が起こっており、少なくとも部分的にはその寄与のもとでINK4Aの発現が増加している。HMGファミリーに属するHBP1はp38 MAPKによるリン酸化を受けて安定化し、INK4Aの発現を促進させる。このHBP1の安定化はRasによるOISの誘導にも関わっている(Li et al., 2010 #561)。NONOのINK4Aプロモーターへの結合はPER依存的である。NONO欠損マウスは正常に生育するものの、外傷の治癒に異常が生じる(Kowalska et al., 2012 #545)。c-MycはMiz1と拮抗してINK4Bの発現を抑制する。c-MycはBMI1の発現も促進する。TGFβはc-Mycの発現を抑制し、SmadやMiz1のINK4Bプロモーター上へのリクルートメントを促進し、その転写を活性化させる。ニワトリにおいてはTGFβはINK4Bの発現には抑制的に機能する事が報告されている(Gil & Peters, 2006 #149)。Id1/3の分解を誘導するE3 ligaseであるSmurf2を抑制すると細胞老化が抑制される(Kong et al., 2011 #479)。E2A遺伝子からコードされるE47(他にスプライシングバリアントのE12がある)はINK4Aプロモーターに結合してその発現を促進させる。Id1はE47を細胞質に隔離させる事でもINK4Aの発現を抑制している。E12/47はp21の転写を促進させる事もできる(Zheng et al., 2004)。HMECではHhシグナリングのエフェクターであるGli-2のINK4Aプロモーターへの結合と、それによるINK4Aの抑制が起こる。細胞老化に伴いGli-2の発現は低下しており、併せてHhシグナリングに必須な一次繊毛が認められる細胞の数も減る(ただしin vivoの細胞とは異なり、このHMECでは~1%程度の細胞のみが一次繊毛を有している)。なお、INK4Aを抑制すると一次繊毛の認められる細胞の数は増加する(Bishop et al., 2010 #477)。AUF1はINK4A mRNAの分解を誘導する。ヒト繊維芽細胞におけるAUF1の発現は過酸化水素処理によって低下し、AUF1を欠く場合には過酸化水素処理による細胞老化の誘導が損なわれる。INK4Aの半減期は30分から3.5時間程度である。INK4Aはユビキチン化非依存的に、プロテアソームの20Sサブユニットのみの作用により分解を受ける事ができる。INK4Aは発現レベル以外にもリン酸化修飾によりその機能の調節も受けている。ヒト前立腺上皮細胞の細胞老化に際してはINK4Aの発現増加と共にリン酸化も起こるが、これはCDK4/6との結合を促進する事が示唆されている。INK4AはSer7、8、140、152にリン酸化修飾を受け得るが、このSer8のみ、Gluに置換した時CDK4に対する抑制効果が阻害される。IKKβはINK4AのSer8をリン酸化できる。WI38細胞においてCDK4/6と結合しているINK4AはSer152のみリン酸化されている事が報告されている(Li et al., 2011 #150)。

<ARFの発現制御>

ARFは強く定まった構造を取らないタンパク質であると考えられ、p53以外にもE2F1、c-Mycなど様々なタンパク質と相互作用し、その転写活性化能を抑制する事が報告されている。ARFは結合するタンパクのSUMO化を促進する事が報告されているが、その意義は明らかではない。ヒトとマウスではミトコンドリアに局在するタイプのsmARFも翻訳され、これはオートファジーを誘導させる事が示唆されている。ARFによるオートファジーの誘導は部分的にp53に依存している。Full-length ARFは核内、特に核小体に局在を示す。ARFは核小体に豊富に存在し、その発現量が細胞の増殖状態と良く相関するNPMと相互作用する。この相互作用を通じ、ARFはrRNAの転写やプロセシングを抑制している事が考えられている。ARFはまたTip60の安定化を通じてアセチル化によるATMの活性化を促し、DDRにも関与している。p53が機能しない細胞でARFを強制発現させると細胞老化(G1アレスト)が誘導される。ここでp53に加えてpRbの機能も抑制した場合には、細胞老化が抑制されるという報告(Comero et al., 2000 #374)とされないという報告(Weber et al., 2000 #375)の両方がある。ARFの発現によるS期での細胞周期の停止(Wendell et al., 2002 #376)やアポトーシスの誘導(Hemmati et al., 2002 #377)も報告されている。p53とARFの両方を欠くマウスではp53のみを欠くマウスよりも癌の発生が促進されている。

ARFの発現はp53、E2F1~3、β-catenin/TCF 、c-Jun/FRA1などによって促進される。E2FはSiah1の発現上昇を介してβ-cateninの分解も誘導する。MEFにおいてはARFはRasによっても誘導されるが、これにはDMP1が関わっており、これを欠く場合にはRasの発現により細胞老化が誘導されない。ARFの発現を抑制する因子としては、E2F3b、ZBT7B、TBX2、TBX3などが報告されている。このうちTBX2はINK4AとINK4Bの発現も抑制する(Gil & Peters, 2006 #149)。

<CARF>

CARF(Collaborator of ARF)はARFと相互作用を示すタンパクで、その発現はARFのそれと相関関係を示す。ARFの発現を誘導するとCARFの発現も上昇し、ARFの発現を抑制するとCARFの発現も抑制される。逆にCARFの発現を抑制するとARFの発現も抑制される。CARFはp53とも相互作用しその活性化を促進させる。CARFはMdm2による分解を受ける一方で、その発現のレベルが高い場合にはMdm2の転写を抑制させる。CARFの強制発現は細胞老化を誘導するが、これはp53とpRbの双方に依存している。CARFの発現レベルが強く抑制された場合は、染色体分配に異常が生じアポトーシスが誘導される(Cheung et al., 2010 #381)。

<INK4B-ARF-INK4A領域のエピジェネティック制御>

INK4B-ARF-INK4A領域の広い範囲に渡る包括的な転写制御メカニズムも存在している。INK4Bの上流にはRD(Regulatory domain)と名付けられた領域が存在し、これはCdc6、Orc2、Mcmなどがリクルートされる複製基点であると同時にINK4B、ARF、INK4Aの転写促進にも関わる領域である。RNAiによりRDのヘテロクロマチン化を誘導するとINK4B、ARF、INK4Aの発現は抑制される。多くの癌ではCdc6の発現が増加しているが、過剰なCdc6はRD依存的にHDACをリクルートしINK4B-ARF-INK4A領域をヘテロクロマチン化させ、領域中の遺伝子の発現を抑制する(Gonzalez et al., 2006 #151)。

INK4B-ARF-INK4A領域はPcGによる抑制も受ける(Popov & Gil, 2010 #148)。BMI1やRING1Bを欠くMEFではINK4B、ARF、INK4Aの発現が上昇し、細胞老化が誘導される。逆にBMI1やCBX7、CBX8を強制発現させると細胞老化が抑制される。細胞にRNase処理を施すとCBX7のINK4B-ARF-INK4A領域へのリクルートメントが損なわれる。BMI1やCBX7の発現は細胞老化に伴い低下する事が報告されている。Rasの下流分子の一つである3pKはBMI1をリン酸化しクロマチンから解離させる。またRasによる細胞老化に際してはEZH2の発現が低下する一方でH3K27me3デメチラーゼであるJMJD3の発現が増加する。SNF5は癌抑制遺伝子であり、PcGと拮抗してSWI/SNF複合体のリクルートを通じてINK4Aの発現を促進するが、ヒトの細胞においてはARFの発現には影響しない。c-Junとヘテロダイマーを形成し遺伝子発現を抑制するJDP2は酸化ストレスに際して発現が上昇し、PcGのINK4Aプロモーターへのリクルートを抑制する事が報告されている。INK4A/ARFはエピジェネティックなレベルにおいて、PcGによる以外にも、JARID1A/KDM5AによるH3K4me2、3の除去、NDY1/KDM2BによるH3K4me3とH3K36me2の除去、JHDM1B/KDM2BによるH3K36me3の除去などによっても抑制される。NDY1/KDB2BはMEFの細胞老化に伴い発現が低下し、そのターゲットにはEZH2も含まれる。JARID1BはpRbと相互作用でき、そのノックダウンはpRbのノックダウンと類似した表現形を示す。INK4Aの抑制解除に関わるエピジェネティック因子としてはE2F1により転写が促進されるLshがあり、これはINK4AプロモーターにHDACをリクルートする。INK4AはPU.1によりリクルートされるDNMT3A/Bによっても抑制を受ける。PU.1は骨髄及びB細胞系列で発現する転写因子で、CBPと相互作用して標的遺伝子の転写を促進したり、Sin3A-HDAC、MeCP2と相互作用して転写を抑制する事が報告されている。NIH3T3細胞にPU.1を強制発現させるとINK4Aに加えp27の発現も低下するが、ARFとp21の発現は影響を受けない。INK4Aとは独立したINK4Bのエピジェネティック制御としては、INK4B領域から転写されるアンチセンスRNAによる同領域のヘテロクロマチン化が報告されている(Yu et al., 2008 #300)。正常なリンパ球に対して、白血病細胞ではアンチセンスRNAの発現は高く、INK4Bの発現は低くなっている。INK4BアンチセンスRNAによるヘテロクロマチン化は必ずしもDNAのメチル化を伴わない。




その他の参考文献
Ozenne et al., 2010 #373



  • 最終更新:2013-02-13 12:52:53

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