6.1 食餌制限

<CRによる寿命延長の普遍性>

CRは調べられたほとんどの生物種において最大寿命を延長させる事ができる。ただし、CRはC57BL/6系統やB6DD2F1系統のマウスの寿命は延ばすが、同様なプロトコールではDBA/2系統のマウスの寿命は延ばさない事が報告されている。プロトコールを変えればDBA/2系統のマウスでも寿命の延長が起こる可能性も考えられる。

一方で、長眠を示す系統のマウスと短眠を示す系統のマウスの掛け合わせから確立された近交系マウス41系統について、それらの寿命とCRの影響を調べた解析では、特に雄では少数の系統でしか寿命の延長が認められず、むしろより多くの系統では寿命が短縮されていた。これらのマウスでは、平均寿命と最大寿命は系統間では非常に大きく異なっている。ただし、平均寿命と最大寿命の間には相関関係が認められた。これらのマウスでは、対照群で長命であった系統の方が、CR処置下で長命であった系統よりも長く生きていた(Liao et al., #510)。

既に老齢化したマウスに対しても、食餌制限に段階的に馴化させた場合には寿命の延長が起こる事が報告されている。19ヶ月齢のC3B6F1マウスのCR処置でも寿命が延び、この場合の寿命延長は主に癌の発症率の減少による。またこの時遺伝子発現パターンについては若齢時からCR処理を続けた場合と類似した影響が認められている。ラットでは老齢化した後のCRの効果が得られない可能性が示唆されている。

<CR下でのタンパク質代謝の変化>

老齢マウスにおいて、CRはタンパク質のターンオーバーを増加させ、DNAやタンパク質の酸化傷害を低減する。ただし、ヒストンのカルボニル化修飾についてはむしろ増加する事が報告されている。CRはタンパク質分解によるエネルギーの産生、及び肝臓における糖新生を促す。

<CRがミトコンドリア機能に及ぼす影響>

ミトコンドリア機能に関して、CRは加齢に伴い発現が低下するPGC1αの発現を促進する。これは視床下部に端を発するシグナルを通じた影響であると考えられる。CR下では脂肪酸のβ酸化は促進され、脂肪の合成は抑制される。薬物的に脂肪酸の合成を阻害すると、視床下部に脂肪酸合成の基質であるマロニルCoAが蓄積し、これが交感神経系を通じて筋肉におけるノルエピネフリンとβアドレナリン受容体の発現を上昇させる。これらを通じて筋肉でPGC1αの発現が誘導される。運動は細胞内のCa2+濃度を上昇させる事でPGC1αの活性を上昇させ、加えてAMPKを通じてPGC1αやACC2の活性を上昇させる。CRは運動やFastingとは異なり、筋肉や肝臓でAMPKの活性に影響を与えない事が報告されている。CRがミトコンドリアの生合成を促進するという報告が多数存在する一方で、生合成の促進に依らずにミトコンドリア機能を維持させているという報告もある(Lanza et al., 2012 #527)。

<CRによる体温の低下>

マウスでもヒトでも、CRを行うと体温の低下が認められる。マウスでは40%のCRにより体温が1.5〜5.8℃程度低下する。これは少なくとも部分的には甲状腺ホルモンT3レベルの低下によるものであると考えられる。T3レベルの低下は、IISが抑制されているAmesマウスやSnellマウスにおいても認められる。変温動物では低温下での飼育により寿命が延長する。マウス視床下部のオレキシン/ヒポクレチンニューロンにUCP2を強制発現させたマウスでは、カロリー摂取量に変化を生じずに体温が0.3〜0.5℃低下し、平均寿命が雄で12%、雌で20%延びる。マウスを通常の飼育温度よりも高い30℃の環境下で飼育すると、CRによる体温の低下が起こらず、癌の抑制や寿命の延長が起こらない事が報告されている。

<CRと脂肪>

内臓脂肪の量はCRによって減少する。ヒトでは、内臓脂肪の量と死亡率の間に相関関係が存在する事が報告されている。しかしながら、CRの効果は内臓脂肪の減少には依存していない事が示唆されている。糖尿病モデルで肥満形質を示すob/obマウスにCRを施すと、内臓脂肪量が通常のマウスよりも多いまま、通常のマウスよりも長く生きる。一方で脂肪細胞はCRにおいて重要な役割を持つ事も示唆されている。脂肪細胞特異的にインスリンレセプターをKOしたFIRKOマウスでは寿命の延長が起こる。FIRKOマウスでは脂肪細胞以外のインスリン感受性は高まっている。インスリン感受性を向上させるアディポネクチンの脂肪細胞からの分泌はFIRKOマウスやCR処置を受けたラットやヒトで増加している。レプチンの分泌レベルはFIRKOマウスで変化していない。

<CRのその他の効果>

老齢マウスのCR処置は心筋の遺伝子発現を変化させ、細胞外マトリクス関係の遺伝子発現の低下、PPARαの発現上昇、及び脂質代謝の促進などを引き起こす。これらは通常の加齢変化に逆行するものである。なおCRの遺伝子発現に与える影響は、多くの場合CRが中止されると消失する。免疫機能もCRにより促進され、ナイーブT細胞の数やT細胞の多様性が増加し、T細胞の機能や抗原提示も促進される。一方でインフルエンザに感染したマウスではCRは死亡率を上昇させる事が報告されている。神経系においても、CRによって神経の新生やシナプス可塑性が改善され、遺伝子発現変化も抑えられる。B6C3F1マウスの主な死因は肝癌であるが、老齢期からCRを開始すると、8週間後には肝臓でアポトーシスが促進され肝癌の発生が抑制されている事が報告されている。CRを始めると肝臓におけるアポトーシスの頻度は約3倍高くなる。40%のCRを3ヶ月間行うと肝臓の細胞の20〜30%程度がアポトーシスにより除かれる。一般的にIISの抑制やCR、絶食は分裂組織における細胞の増殖を抑え、細胞死を促進する。前癌状態にあるような細胞はこの時より除かれやすい。対して非分裂組織では、CRは細胞の修復機能やストレス抵抗性を促進する事が多い。

<ヒトにおけるCRの効果>

ヒトにおいては、1~6年のCRはIGF-1レベルを変化させないが、同時にProtein restriction(PR)がなされるとIGF-1レベルが低下する。超長寿者の中にはIGFRに変異を持つ人が比較的多い。IGF-1はヒトにおいて代謝を促進したり血管系、神経系の機能を改善したりする可能性が考えられ、一方で一部の癌については発生を促進すると考えられる。また、ヒトでのインスリンシグナルの抑制は糖尿病の発症を通じてむしろ寿命を短縮する可能性が考えられる。ヒトではIIS系の遺伝的な欠陥により、筋力の低下や脂肪の蓄積などの変化が起こり寿命が短くなる事も報告されている(Smith et al., 2008 #208)。このようにヒトにおけるCRの影響は不明な点が多い。アカゲザル(rhesus macaque)では老化を抑制するという報告と、しないという報告がある(Colman et al., 2009 #339、Mattison et al., 2012 #338)。Wisconsin National Primate Research Center(WNPRC)で行われた研究では、Adult-onset CRがAge-related mortalityを有意に低下させる事を報告しているが、一方でOverall mortalityには差を認めていない。NIAで行われた研究ではAdult-onsetおよびOld-onset CRが、Age-related mortalityおよびOverall mortalityに有意な差を生じさせない事を報告している。NIAでの研究は、Adult-onset CRによる癌の抑制は認めているが、WNPRCでの研究とは異なり、糖尿病や心臓血管系の疾患の抑制は認めていない。対照群となるサルの飼育条件がNIAでは完全な自由摂食では無く、わずかにCRの効果が発生していた為にCR群との差異が検出されなかった可能性が考えられている。事実中齢のサルの体重はWNPRCでNIAに比べ高くなっている(雄では12%、雌では18%)。また、対照群の老齢サルの生存率はWNPRCよりもNIAの方が高い。

<Protein Restriction : PR>

CRは摂取カロリーの低下を伴うが、摂取カロリーの変化を伴わないProtein Restriction (PR)、Methionine Restriction (MetR)、Tryptophan restrictionでもマウス、ラットの最大寿命が延長する事が知られている。メチオニンとトリプトファンはいずれも必須アミノ酸である。これらのうちPRの効果はMetRやTryptophan restrictionよりも効果が小さい。いずれもIGF-1レベルや癌の発症率を低下させるなど、影響は類似している。PR、MetR、Tryptophan restrictionによって寿命が延長するメカニズムは明らかにされていないが、タンパク質の合成活性の低下を通じた効果が寄与している可能性が考えられる。タンパク質合成活性の低下はタンパク質のターンオーバーを促進する。

<線虫におけるCRの寿命延長メカニズム>

線虫においては、CRによる寿命の延長に哺乳類のFoxA転写因子群のホモログで、SODなどの転写を促進するPHA4が必要である(Panowski et al., 2007 #206)。PHA4はまたCR下におけるオートファジーの促進にも必要である。CRや後述するTORの抑制による寿命の延長がオートファジーの阻害によって損なわれるという報告が多くなされている。CRはAMPKや後述するSirtuinの活性化やIIS、TORの抑制などを介してオートファジーを促進する。AMPKはTORを抑制するだけでなく、直接ULK1を活性化させる事でもオートファジーを促進させる。CRによるミトコンドリアでのROS産生の増加が、部分的にPI3Kに依存してオートファジーを促進させている事も報告されている(Scherz-Shouval et al., 2008)。他にもROSはATG4によるATG8-PEの脱PE化を抑制し、オートファジーを促進する。線虫においてCRは代謝を調節するエンドカンナビノイド系のシグナル分子であるN-アセチルエタノールアミン(NAE)を減少させる事が報告されているが、CRとは独立にNAEを減少させるだけでもCRと類似した効果が得られる。食餌にNAEを加えてNAEの減少を抑制しておくと、CRやTORシグナルの抑制による寿命の延長が抑制される(Lucanic et al., 2011 #207)。



Other Ref
Piper & Bartke, 2008 #209
Spindler, 2010 #210


  • 最終更新:2013-02-13 13:00:38

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