6.2 Insulin/IGF-1 signaling

<Insulin/IGF-1 signaling : IIS>

IISの抑制は線虫、ハエ、マウスにおいてその寿命を延長させる。マウスでは、IISのリガンドであるIGF1、2、あるいはインスリンがそれらのレセプターIGF-1R、IGF-2R、InsRに結合すると、これがIRS1〜4を通じ、あるいは部分的にはそれらと独立にPI3Kを活性化させる。PI3KはPIP3の生成を通じてPDK1活性化させ、それにより、あるいはそれとは独立にAkt1〜3を活性化させる。このようにして活性化されるAkt/PKBの作用としては、後述するTORの活性化やFoxO転写因子群のリン酸化による核外以降を通じた機能阻害などが重要なものとして挙げられる。このシグナル経路は線虫とハエでも保存されている。線虫のIISについては、レセプターはDAF-2と呼ばれ、FoxO転写因子は一種類のみ存在してDAF-16と呼ばれている。

<IIS関連因子に変異を有する長寿命マウス>

寿命が延長されており、かつIISの抑制が起こっているマウスとしては、Prop1、Pit1、GHRH-R、GHR、IRS-1、に変異を持つマウスや、IRS-2やIGF-1Rを片アリル欠損したマウスなどが知られている。Prop1は下垂体の発生に関わる遺伝子でこれを欠くマウスはAmes dwarfマウスと呼ばれ、GH、PRL、TSHの産生が損なわれている。Pit1についても同様で、これを欠くマウスはSnell dwarfマウスと呼ばれる。IRS-1に変異を持つマウスの寿命延長は雄でのみ、IGF-1Rを片アリル欠損したマウスの寿命延長は雌でのみ起こる。CRなども含めて、同じ処置や変異に対しての寿命延長効果は程度の差はあっても雌雄間で異なる事が多い。なお、IGF-1はGHの刺激を受けて主に肝臓で合成、分泌されるが、GH非依存的にIGF-1を合成している組織もある。GHが分泌されないマウスでは血中のIGF-1濃度は低下しているが、一方で心臓においてはIGF-1の産生は変化せずIGF-1Rの発現は増加している。この心臓における変化も寿命の延長に寄与している事が考えられている。

体の大きさは、Ames、Snell、GHRH-R-/-、GHR-/-、IRS-1-/-、CRマウスでは減少しているが、IGF-1R+/-、IRS-2+/-マウスでは変化が無い。体脂肪率はAmes、Snell、GHRH-R-/-、GHR-/-マウスでは増加しているが、IRS-1-/-、CRマウスでは減少している。代謝率はAmes、Snell、CRマウスでは低下しているが、GHR-/-マウスでは(摂食も)増加している。血中のGH濃度はAmes、Snell、GHRH-R-/-、CRマウスでは低下しているが、GHR-/-マウスでは増加しており、IRS-1-/-、IRS-2+/-マウスでは変化がない。IGF-1濃度はAmes、Snell、GHRH-R-/-、GHR-/-、CRマウスでは減少しているが、IGF-1R+/-マウスでは増加しており、IRS-1-/-、IRS-2+/-マウスでは変化が無い。グルコース濃度はIGF-1R+/-、IRS-1-/-マウスでは変化が無いが、他では低下している。インスリン濃度はIGF-R+/-マウスでは変化がなく、IRS-1-/-マウスでは増加しているが、他では低下している。IGF-1シグナリングの低下は、これらのマウスについては共通していると考えられる。

IRS-2を完全に欠くマウスはβ細胞の異常から早期に死亡するが、これを脳だけで、完全に欠損させたり、あるいは片アリルだけ欠損させたbIRS-2マウスでは、IRS-2+/-マウス同様寿命の延長が認められる。IRS-2+/-マウスでは体重が変わらず、血中インスリン濃度は低下し、老化に伴うインスリン抵抗性の発症が抑制されるが、bIRS-2マウスでは体重(脂肪)は増加しており、血中インスリン濃度は高くなり、インスリン抵抗性が抑制されない(bIRS-2を完全に欠く場合には若齢時からインスリン抵抗性を示す)。糖尿病の発症はbIRS-2マウスでは抑制されている。老齢bIRS-2マウスの活動量は老齢のコントロールマウスよりも高い。なお、bIRS-2マウスの膵β細胞ではIRS-2の発現の増加が認められている。またIRS-2-/-マウスやbIRS-2-/-マウスでは脳の成長が抑制され、30%ほど小さくなる(Rohatgi et al., 2007 #452)。

雄でのみ寿命の延長が認められるIRS-1-/-マウスでは体脂肪率、血中インスリン濃度、及びインスリン抵抗性の増加が特徴的で、その事が雌の寿命延長を抑制しているか、あるいは雄の寿命延長に重要である事が考えられる。雌でのみ寿命の延長が認められるIGF-1R+/-マウスでは血中IGF-1濃度の増加が特徴的で、その事が雄の寿命延長を抑制しているか、あるいは雌の寿命延長に重要である事が考えられている。IRS-1やIGF-1Rを発現する細胞の寿命決定における寄与が雌雄で異なっている可能性もある(IRS-1は骨格筋や脂肪組織などで発現するが、肝臓では主にIRS-2が発現している)。IGF-1R+/-マウスで雌のみ寿命が延長するのは、雄では心臓などにおけるIGF-1のオートクリン作用が重要である為かもしれない(Berryman et al., 2008 #212)。

IISの抑制はCR同様インスリン分泌や血糖値を低下させ、加えて性成熟を遅れさせて繁殖力も低下させる。IISが抑制されたマウスでは代謝量が低下するものもあるが、GHR KOマウスのように逆に増加するものもある。ただし、GHR KOマウスは早くからCRを受けたマウス同様体の大きさが小さくなっている。IGF-1R +/- マウスでは代謝量にも体の大きさにも変化が無い。

Dwarfマウスの寿命はCRによって更に延長される。一方でGHR KOマウスの寿命はCRを行っても延びない。IISの抑制が遺伝子発現に与える影響はCRと類似しているが、一方で違いもある(Berryman et al., 2008 #212)。

脂肪細胞特異的にインスリンレセプターをKOしたFIRKOマウスでは加齢に伴うインスリン抵抗性の上昇が起こらず、寿命も延長されるが、一方で肝臓でIGF-1をKOしたマウスではGHの血中濃度が上昇し、インスリン抵抗性が生じて寿命も延長されない。GHによってインスリン抵抗性が亢進されるメカニズムについては明らかにされていない(Berryman et al., 2008 #212)。

<ヒトの健康とIISの関係>

ヒトの加齢に伴うGH及びIGF-1レベルの低下は脂肪の増加や筋肉の減少などと関連している。これらの加齢変化に関してはGHの投与が抑制的な効果を発揮するが、インスリン抵抗性の亢進やある種の癌の発生率の上昇などの悪影響も存在する(代謝調節に関しては多くの場合GHはインスリンに拮抗し、IGF-1は協調する)。

ヒトにおいては、GH欠損症は低身長、脂肪の増加や筋肉や骨密度の減少を起こさせ、またマウスの場合と異なり、一般にインスリン抵抗性を生じさせる。GHRH-Rに変異を有するヒトでは、早い時期の女性の死亡率が高い事を除けば、寿命に影響は認められない(Aguiar-Oliveria et al., 2010 #434)。ただしこの変異を有するヒトではインスリン感受性はむしろ向上している。PROP-1の変異も肥満をもたらすものの寿命は短縮させない事が示唆されている。一方でGH1の欠損では、ヒトの寿命が短縮するという報告がある。その他下垂体機能低下症でも寿命の短縮が認められており、循環器系や呼吸器系の異常による死因が多く、また女性で比較的影響が大きい事が報告されている。

GHRを欠くラロン症候群患者では、寿命への影響は認められていないものの、(肥満を呈するにも関わらず)糖尿病と癌の発症率の低下が認められている。ラロン症候群患者におけるIGF-1の抑制はDNA傷害の蓄積を抑制しアポトーシスを促進し、その事が癌の抑制に通じている事が考えられている。糖尿病の抑制については、GHによるインスリン作用への拮抗が除かれる事が寄与している可能性がある。なお血中GH濃度は増加しており、インスリン濃度は低下している(Gallagher & LeRoith, 2011 #430)。これらのホルモン濃度変化(IGF-1の低下含め)や体脂肪率の増加は寿命の延長が認められるGHR-/-マウスでも見られる。

IIS関連遺伝子のSNPと長寿の間には相関関係が見いだされている。Akt、IGF2、INSRのSNPに長寿と相関するものがあり、またGH1、IGF1、IGF1R、IRS1のSNPは特に女性の長寿と相関が認められている。これらのいくつかについては、長寿と相関するSNPがIISの抑制につながる事が示されている。またIISの下流に位置するFoxO1a(特に女性)、FoxO3aについてもそれらのSNPと長寿の間の相関が認められている(Chung et al., 2012 #423)。

<IISとROS/DNA傷害>

NERに関わるErcc1を欠くマウスや、Xpaを欠き且つCsbに変異を持つマウス、及びXpaを欠き且つTTD患者で認められる変異をXpdに持つマウスではIISが抑制されている。このような変化や、加齢に伴うIISシグナルの低下が修復系の機能低下やDNAへの損傷の蓄積によって、保護的な反動として引き起こされている可能性が考えられる(Garinis et al., 2008 #52)。

Ercc1-/-マウスやCsbm/mXpa-/-マウスのコントロールマウスに対する遺伝子発現の差異は、CR処置マウスやAmes、Snell、Ghr-/-マウスで認められる遺伝子発現変化と有意な相関を示す。これらの二群間で共に発現が増加/低下する遺伝子群にはbiosynthesis、脂質代謝、炭水化物代謝、生体膜代謝、ホルモン制御、酸化ストレス制御、co-enzyme/factor代謝に関するものが多く含まれていた。Ercc1-/-マウスやCsbm/mXpa-/-マウスでのみ発現が変化する遺伝子群にはプリン代謝、アミノ酸代謝、細胞周期制御に関するものが多く含まれており、長寿命マウス系統でのみ発現が変化している遺伝子群には炎症応答に関わるものが多く含まれていた。これら二群のマウスで反対の挙動を示している遺伝子群の中にはEnrichしているTermは認められなかった。通常のマウスの脾臓、肺、腎臓、肝臓での加齢変化は、NERに変異をきたしたマウスとは正の相関を示すが、長寿命マウスとはそうならない(Shumacher et al., 2008 #491)。

成虫となった線虫でdaf2を抑制すると、グルコースの取り込み低下とミトコンドリアにおけるエネルギー生産の増加が起こり、一過的ROSが増加する。この一過性のROSの増加に依存して、少し遅れて抗酸化酵素の発現が増加する。一過性のROSの増加にはAMPKが必要であり、AMPKが抑制されているとdaf2の抑制による寿命の延長効果が大幅に小さくなる。抗酸化剤の投与はdaf1やage1に変異を持つ線虫の寿命の延長を抑制する。ROSの一過的な上昇に引き続く抗酸化酵素の発現上昇にはp38やNRF2が関与している。daf2に変異を有する線虫やIRSを欠くMEF、およびINSRを片アリルしか持たないMEFで共通して発現が上昇する遺伝子にはL-プロリンをミトコンドリアで代謝するために必要なL-プロリンデヒドロゲナーゼが含まれており、線虫に対するL-プロリンの投与はそれだけで、比較的効果は小さいながらも有意に寿命を延長させる(Zarse et al., 2012 #272)。

  • 最終更新:2013-02-13 13:04:40

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード