6.3 Sirtuin

<Sirtuinファミリー>

CRやIISの抑制による寿命の延長と関連して着目される分子にはSirtuinタンパクがある。酵母の接合型の決定に関わる遺伝子領域のサイレンシングを行うタンパク質の一つとして同定されたSir2(Silent mating type information regulation 2)について、寿命との関連がまず報告された。その後Sir2とそのホモログが併せてSirtuinと総称されるようになっている。SirtuinはNAD+依存性のタンパク質脱アセチル化酵素であり、ヒストンもそのターゲットに含まれている。H3K9とH4K16がSir2によって脱アセチル化される事は良く知られている。酵母ではSir2、Hst1〜4、線虫ではSir2.1、ハエではdSir2、ヒトやマウスではSirt1〜7がSirtuinのメンバーである。Sirt1〜7のうち、Sirt1が最もSir2との類似している。Sirt1、2は細胞質と核に存在する。Sirt6、7は核に、Sirt3、4、5はミトコンドリアに局在している。Sirt6は主にヘテロクロマチン領域、Sirt7は核小体に局在している(Finkel et al., 2009 #214)。

Sirt2は、その老化との関係性については現在、他のSirtuinとは異なり、その活性が主には老化に寄与する事が示唆されている。Sirt2の抑制は、パーキンソン病やハンチントン病モデルマウスの表現型を軽減するなど、神経系において保護的な結果をもたらす。これにはSirt2による微小管の脱アセチル化が関連していると考えられている。マウスの脳では加齢に伴いSirt2の発現が増加する事も報告されている(Maxwell, 2011 #448)。また、SIRT2はRIP3と相互作用し、その結合パートナーであるRIP1を脱アセチル化する事で複合体形成を促し、それによりネクローシスを促進させる。SIRT2依存的なRIP1の脱アセチル化は虚血による心筋細胞のネクローシスに際して促進され、SIRT2を阻害するとネクローシスが抑制される(Narayan et al., 2012 #516)。

Sirt3はCRによる難聴の抑制に必要である事が示されている。Sirt3のターゲットにはIDH2やSOD2、呼吸鎖複合体I、IIが含まれ、酸化ストレスの低減を通じて難聴の抑制に寄与しているものと考えられる。Sirt3を欠損するマウスは通常の飼育条件では重篤な表現型を示さないが、ヒトではその多型が長寿と関連づけられている(Bell & Guarente, 2011 #390)。Sirt3 KOマウスの体重や酸素消費量、活動量は正常であるが、1年齢以降心臓が肥大し死亡率が増加する。

Sirt6については、それを強制発現させたマウスでは、雄でのみ寿命が延びる事が示されている。最大寿命(最も長く生きた上位10%のマウスの平均寿命)は、作出された二つのトランスジェニック系統でそれぞれ15.8%および13.1%延長している(Kanfi et al., 2012 #213)。Sirt6を強制発現させたマウスでは血中のIGF-1濃度が低下しており、IGFBP1濃度は増加している。なおSirt6の役割として、NF-kBターゲット遺伝子の抑制や(Kawahara et al., 2009 #220)、テロメアの安定化、およびPARP1やCtBPの活性化を通じたDNA修復への寄与(Kaidi et al., 2010 #221; Mao et al., 2011 #222)などが報告されている。SIRT6とのテロメア制御との関連については、SIRT6が特にS期にテロメア領域に強く局在し、H3K9を脱アセチル化させる事でWRNの結合を安定化させる事が報告されている(Michishita et al., 2008 #219)。SIRT6は癌の発生や成長の抑制にも関わっており、ヒトの癌の約2割でSIRT6が欠損している。SIRT6は解糖系を抑制しており、SIRT6の代謝調節機能がその癌の抑制に大きく関わっている事が示唆されている。SIRT6はMycのターゲットであるリボソームタンパクの発現を抑制してもいる(Sebastian et al., 2012 #520)。

SIRT6を抑制したマウスケラチノサイト初代培養細胞では細胞老化ではNF-kB依存的に細胞老化が促進される。ヒト繊維芽細胞の場合はSIRT6の抑制はNF-kB非依存的に細胞老化を誘導する(この場合はSIRT6の抑制はテロメアの傷害を通じて細胞老化を起こすと考えられる)。SIRT6 KOマウスでは早老が認められ、同時にRel-Aを片アリル欠くと早老が軽減される(Kawahara et al., 2009 #220)。Sirt6はMEFではRel-Aの結合領域のおよそ半数に結合している事が報告されている(SIRT6の結合領域の約1/3にRel-Aが結合している)(Kawahara et al., 2011 #461)。SIRT6はNFkBと結合し、そのターゲットを脱アセチル化して転写を抑制させる。なお、SIRT1もNFkBの活性を負に制御する事が報告されている(Yeung et al., 2004, EMBO J)。また、SIRT1はFoxO3aと共にSIRT6の転写を促進する。SIRT6 KOマウスは低血糖となるために生後早い時期に多くが死亡するが、一年程度まで生存する個体もある。SIRT6 KOマウスは他に成長の遅延、低インスリン、リンパ球の減少、皮下脂肪の減少、骨密度の低下、脊柱後弯症、その他早老と見なせるいくつかの表現型を示す。また体も比較的小さい。これらの表現型はp53の抑制による影響を受けない。低血糖の原因としては、糖新生や摂食ではなく、糖の取り込みやインスリン感受性の増加が挙げられている。骨格筋ではGLUT4、肝臓その他多くの組織ではGLUT1の発現増加が示されている。多くの組織でAktの活性の増加も認められている(Xiao et al., 2010 #462)。脳特異的にSIRT6を欠損させると、成長遅延は認められるものの、その後正常な体重となっていく。ただし脳は正常なものよりも小さい。このマウスではGHとIGF-1レベルの低下、および脂肪の増加、脳でのH3K9、H3K56の高アセチル化が報告されている。低血糖は認められていない。GHレベルの低下については、GH産生細胞が減少し、小さくもなっている。下垂体ではSIRT6は欠損していないため、視床下部の異常による可能性が高いと考えられるが、GHRHやSRIH(somatotropin releasing inhibiting hormone)の発現レベルには変化は認められなかった(Schwer et al., 2010 #463)。肝臓特異的にSIRT6を欠損させた場合には、低血糖は引き起こされず、体脂肪も増加せず、一見正常である。しかしながら肝臓には脂肪が蓄積する。このマウスの肝臓では脂肪の酸化の為の遺伝子の発現は低下しており、脂肪を合成するための遺伝子の発現は増加している(Kim et al., 2010 #464)。

SIRT7はH3K18Acに対して特異的なHDAC活性を示し、ELK4を含むETSファミリーの転写因子と協調してターゲット遺伝子を抑制し、癌細胞では足場非依存性の獲得に関わる(Barber et al., 2012 #330)。

<Sirt1のターゲット>

Sirt1のターゲットにはヒストンの他、機能の抑制につながるものとしてはp53やKu70、p300、HSF1、PPARγ、SREBP1c、Ucp2、Ptp1b、NFkBが含まれ、逆に機能の促進につながるものにはFoxO、PGC1α、PPARα、LXRα/βが含まれる。

<Sirt1とAMPK>

AMPKはNAMPTを活性化し、NAD+の代謝産物であるNAMからのNAD+の再生産を促進する事でSirtuinの活性を促進する。逆にSirt1によるAMPKの活性化も報告されている。AMPKはLKB1やCaMKKβによるリン酸化を受けて活性化されるが、Sirt1はLKB1の脱アセチル化を通じてその核外移行を促し、それによりLKB1のSTRADとの相互作用及び活性化を促進させる(Lan et al., 2008 #391)。低酸素条件下ではmROS依存的にカルシウムシグナリングとCaMKKβの活性化が起こる(Mungai et al., 2011)。Sirt1とAMPKはFoxOやPGC1α、p300などの重要なターゲットが共通しており、協調的に機能しているものと考えられる(Fulco & Sortorelli, 2008 #392)。

レスベラトロールはその投与量が多い場合にはSirt1非依存的にAMPKを活性化させるが、その投与量が十分でない時のAMPKの活性化はSirt1に依存する。ただし、レスベラトロール投与による骨格筋におけるミトコンドリア機能の促進には、投与量に関わり無くSirt1が必要である(Price et al., 2012 #393)。

<CRがSirtuinの活性に及ぼす影響>

CR下のような細胞の呼吸が促進された状態ではNAD+/NADH比は高まり、Sirtuinの活性は促進される。CRはAMPKの活性化を通じてもSirt1を活性化させる。CRは脳、骨格筋、WAT、腎臓でSirt1の発現を増加させ、骨格筋、心筋、WAT、BATではSirt3の発現を増加させる事が報告されている。CRによりSirtuinの発現が低下する場合もある(肝臓におけるSirt1やβ細胞におけるSirt4など。ただし肝臓ではSirt1の発現は増加するという報告もある)。なお、通常時では、Sirt1は脳や肝臓、膵臓、脂肪組織、骨格筋、心筋などで発現が認められており、Sirt3は特に腎臓や脳、心臓で、次いで肝臓や精巣、また比較的弱くではあるが肺や卵巣、胸腺で発現が認められている。酵母では系統によりCR下でSir2の発現が増加したりしなかったりする。

<Sir2と酵母の分裂寿命>

分裂寿命が近づいた酵母では、rDNA領域における相同組換えにより生じる環状DNA(ERC : Extrachromosomal rDNA circle)が蓄積している。ERCは分裂に際して母細胞にのみ引き渡される。ERCの生成を抑制している。Sir2を強制発現させたり、ERCの形成に関わるFob1を変異させると分裂寿命が延びる。Sir2のターゲットであるH4K16を逆にアセチル化するSasを欠損させても分裂寿命が延長する。分裂寿命の近づいた酵母では特にサブテロメア領域におけるH4K16Acが増加しており、その脱サイレンシングが分裂寿命の決定に関わっている可能性も考えられる(Longo & Kennedy, 2006 #215)。

CRは酵母の分裂寿命を延長させるが、その為にはSir2が必要であるという報告と、必要では無いという報告がある。Sir2が欠損していても、同時にFob1も欠損していればCRによる分裂寿命の延長は認められるという報告もある。CR依存的な分裂寿命の延長にはSir2以外にもHst1/2が関与している可能性が示唆されている。CRによる分裂寿命延長のSir2依存性について異なる結果を示している二つの報告では、CRに際して用いられているグルコースの濃度が異なっているという問題があり、解釈が決着していない。いずれのグルコース濃度においても、Tor1やPKA、Sch9(Aktのオーソログ)はCRによる分裂寿命の延長に必要であり、またこれらの欠失による分裂寿命の延長にSir2は必要ではない。Sch9とFob1の両方を欠く酵母は一方のみを欠く酵母よりも分裂寿命が長い(Longo & Kennedy, 2006 #215)。

<Sir2と酵母の経時寿命>

酵母の経時寿命は分裂寿命と異なり主に酸化ストレスにより決定される事が示唆されている。CRやTor1、PKA、Sch9を欠く酵母では経時寿命も延長している。Sir2の欠損は分裂寿命を短縮させるが、一方でCR、あるいはTor1、PKA、Sch9の欠損による経時寿命の延長効果をさらに促進する。ただしSir2を欠損させるだけでは経時寿命の延長は認められない。この現象には、Sir2の欠損がCR下においてストレス耐性関連遺伝子の発現を促進する事や、アルコールデヒドロゲナーゼAdh2の活性を促進させる事で培地の栄養が速やかに枯渇する事が関係している事が考えられる(Longo & Kennedy, 2006 #215)。

<Sir2と線虫およびハエの寿命>

線虫とハエにおいては、それぞれSir2.1とdSir2の強制発現によって寿命が延びるとされていたが、後に遺伝子操作に関するコントロールを適切化させた実験ではSir2.1/dSir2の寿命に対する影響は認められないという事が報告された(Burnett et al., 2011 #216)。線虫におけるIISの抑制による寿命の延長にはSir2.1が必要であり、CRにおける寿命の延長にはSir2.1とdaf-16が必要である事が報告されている。CRによるハエの寿命の延長にはdSir2もdFOXOも必要ではない事が報告されている。なおCRはハエにおいてClass I HDACのRpd3を抑制し、これによってdSir2の抑制が解除される事も報告されている(Longo & Kennedy, 2006 #215)。

<Sirt1とマウスの寿命>

Sirt1を欠損するマウスは、近交系(129/J)の遺伝的バックグランドでは生後間もなく死亡するが、そうでなければかなりの割合が成熟に至り、一部は二年程度生きる。Sirt1 KOマウスは小さく不妊であるが、摂食量は減少していない。血中のインスリン濃度は低下している。またSirt1 KOマウスは活動量が少ないが、正常なマウスと異なり、活動量の加齢に伴う低下やCRによる増加が起こらない。さらにCRは正常なマウスでは酸素消費量は減少させないが、Sirt1 KOマウスでは減少させる。なお、CRはSirt1 KOマウスの体重を更に減少させ、寿命は短縮させる(Boily et al., 2008 #397)。

Sirt1を強制発現させたマウスでは体重の減少や代謝の亢進、生殖開始年齢の遅延や、癌、高脂肪食による悪影響、アルツハイマー病の抑制などCRと類似した影響が認められるが、寿命の延長は認められていない(Bordone et al., 2007 #395、Finkel et al., 2009 #214、Herranz et al., 2010 #396)。

<Sirt1の各組織における役割>

肝臓ではSirt1はPGC1αやFoxO1の活性化を通じ、糖新生の促進や解糖系の抑制に作用でき、またSREBP1cの活性化を通じて脂質の合成も抑制できる。肥満状態ではインスリン作用に基づく糖の産生を抑制できる。Sirt1 KOが肝臓にもたらす表現型については二つの異なる報告があり、Sirt1の肝臓での実際の作用については十分に明らかにはされていない。

高脂肪食マウスの肝臓や白色脂肪細胞ではNAD+合成系の律速酵素であるNAMPTのタンパク量とNAD+は減少する(骨格筋では変化しない)。このマウスにNAMPTの酵素反応産物であるNMNを投与するとNAD+量が回復し、加えて耐糖能の改善が認められる。この時雄マウスではインスリン分泌が促進するのに対し、雌マウスではインスリン感受性が改善されるという性差が認められる。

脂肪組織ではSirt1はPPARγの抑制を通じ、脂質の分解と動員が促進する。Sirt1によるFoxO1の活性化も脂質分解の促進に寄与がある。更にSirt1はインスリン感受性を向上させるアディポネクチンやFGF21の分泌も促す。

骨格筋ではSirt1はPGC1αの活性化を通じ、脂質エネルギー源の利用を促進できる。また、Sirt1は培養されたmyotubeにおいて、インスリンシグナリングを負に制御するPTP1Bの発現を抑制する事が報告されている。

膵β細胞ではSirt1はUcp2の発現を抑制し、それによりインスリンの分泌を促進する。Sirt1の抑制は逆にインスリン分泌を抑制する。CRはUcp2の発現を増加させる。

視床下部でSirt1を抑制すると摂食と体重が減少する。AgRPニューロン特異的にSirt1を抑制する事でも摂食が減少する。脳でのみSirt1をKOしたマウスではCRによる血中IGF1濃度の低下が起こらず、またCRによる耐糖能の維持が損なわれる。Sirt1 KOマウスではサーカディアンリズムにも異常が生じる。CLOCK-BMAL1はNAMPTの発現を促進させ、またそれにより活性が促進されるSirt1はCLOCKを脱アセチル化しその分解を促進させる。ただし脳ではSCNを含めてNAMPTの発現が報告されていない。

<レスベラトロール>

CRを行う事無くSirt1を活性化させる物質の探索が行われており、その中で見つかったレスベラトロールについては、その摂取により得られる健康効果の解析が比較的進んでいる(Agarwal & Baur, 2011 #217)。レスベラトロールは赤ワインなどに含まれるポリフェノールの一種で、この探索以前からその健康効果自体は注目されていた。レスベラトロールの投与は酵母、線虫、及びハエの寿命をSir2依存的に延長させる事が報告されているが、一方で酵母とハエでは寿命延長効果が認められないという報告、及び線虫における寿命延長効果はSir2.1に依存していないという報告もなされている。レスベラトロールによる酵母とハエの寿命の延長については、CR処置を加えても更に寿命が延びる事は無い事も報告されている。レスベラトロールはSirt1とは独立にAMPKを活性化させる。レスベラトロールによるAMPKの活性化は、PDEの抑制によるcAMPの分解の抑制に依っている(Park et al., 2012 #218)。なおcAMPはPDEによる分解の他ABCC4による細胞外への汲み出しによっても量が負に制御される。活性化されたcAMPは、良く知られた作用機序として、GEFであるEpac1(あるいはそれよりも発現が低い場合の多いEpac2)、もしくはPKAを通じた種々の作用を示すが、Epac1については、その活性化がSIRT1の活性を上昇させる事が示されている。Epac1はアクチン制御にも関わるRap1、Rap2Bの活性化を通じてPLCεを活性化させ、それにより小胞体膜上のRyr2からCa2+の放出を促し、CamKKβを活性化させる。このCamKKβはAMPKを活性化させ、AMPKの活性化はNAD+の増加を通じてSIRT1を活性化させる。PDEの抑制によりレスベラトロールと類似した効果が得られる事がマウスで示されている。レスベラトロールの摂取はSirt1の強制発現と類似した影響をもたらし、加えてその効果のSirt1依存性が多く報告されている。また、レスベラトロールの投与によってSirt1ターゲットの脱アセチル化が認められるており、レスベラトロールの効果がSirt1を通じたものである事が強く示唆されている。マウスでは、レスベラトロールの投与は高脂肪食マウスについては寿命を延長させるが、肥満を伴わないマウスについては寿命を延長させない。高脂肪食マウスの寿命の延長には血管疾患や脂肪肝の抑制が寄与している。これらのマウスにおけるレスベラトロールの投与は中齢期以降からのものであるため、より早い時期から投与を行った場合には異なる結果が得られる可能性も考えられる。

海馬の神経新生については、CRはBDNFレベルを増加させ神経新生を促進させるのに対し、レスベラトロール投与は逆にBDNFレベルを低下させ神経新生を抑制する(Park et al., 2012 #493)。


  • 最終更新:2013-02-13 13:10:32

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